露天風呂「西の横綱」で知られる、真庭市の「湯原温泉郷」。

その湯原を舞台に、いまから約300年前の江戸中期(1726年)に「山中一揆(さんちゅういっき)」が起こりました。

 

山中一揆とは、地元の百姓たちが立ちあがった百姓一揆です。

後に藩側の粛清により51名の農民が処刑され、いまは湯原に「義民之碑」が建っています。

 

2021年に真庭市立中央図書館が主催となり、そんな「山中一揆」の記事をWikipediaに書くイベント「Wikipediaタウン」がおこなわれ、参加者と記事を作成しました。

山中一揆についてのとても詳細な記事です。

>>山中一揆(Wikipedia)

そのため、「山中一揆の関連史跡でも読めるようにしよう」と今回、湯原・蒜山の各史跡にWikipediaのQRコードパネルを設置しました。

設置したのは、義民之碑(湯原)、大森の七左衛門父子祠(蒜山東茅部)、田部義民の墓(蒜山西茅部)社田(こそだ)義民の墓(蒜山西茅部)の4ヶ所です。

ふだんはとても静かなところですが、山中一揆の記事を読み、思いを馳せながら訪れると、またひとつ風景が違って見えると思います。ぜひお立ち寄りください。

 

また、中央図書館や湯原図書館などで、「山中一揆義民顕彰会」の方が書かれた『山中一揆伝承 ひなたノ半六』も配布しています。

 

▲『山中一揆伝承 ひなたノ半六』についてはこちらの動画をご覧ください

 

関連リンク:地域に息づく歴史をたずねる 江戸時代の百姓一揆、山中一揆