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蒜山校地の寮「三座館」のハウスマスターは、 カーネギーホールで歌ったソプラノ歌手

真庭びと024 池田翠里さん

2026年10月11日 by 甲田智之

岡山県最北端の小規模高校――
岡山県立勝山高等学校蒜山(ひるぜん)校地。

しかし、いま蒜山校地に、全国から生徒が集まっている。
「蒜山校地で学びたい」という生徒が増えている。

そんな全国から訪れる生徒たちの暮らしを支えているのが、2025年に建てられた蒜山校地の寮「三座館(さんざかん)」(※)である。
ハウスマスターは、池田翠里(あおり)さん。

生徒たちから「あおちゃん」と呼ばれている。

どんな想いで、生徒たちと接し、ハウスマスターをしているのか

……それを取材しようと思っていたのだが。
直前になって、「声楽家」であることが発覚。

ハウスマスターで、声楽家!?

興味があり過ぎる。
取材内容はガラリと変わり、「声楽家としてのあおりさん」「ハウスマスターとしてのあおりさん」どちらもお話を伺った。

伺っていくと、いままさにその2つが重なりつつある姿が見えてきた。

※全国から生徒が集まっている蒜山校地のヒミツはこちらから
◆リンク:「失敗する学校」を掲げる小さな高校に、全国から応募が集まるワケ|VIVA真庭

※「三座館」は、「真庭市学習交流センター」の愛称。真庭市学習交流センターのなかに「白雲寮」という名前の蒜山校地の生徒の寮があります。また、寮にはもうひとつ別館があります。ここではわかりやすく「三座館」で統一しています。

真庭への移住の理由は、大きな声で歌うため

甲田:
声楽をされているんですね!

池田:
そうなんです。
高校2年のときに文系へ進路が決まっていたのですが、ずっと音楽が好きで、親からも「好きなことなら、ツラいことがあっても越えていけるだろう」と許可がおり、大好きな音楽「声楽」の道に進むことを決めました。

大分県にある芸術系の大学で、短大で2年間学んでから専攻科の試験を受け、さらに2年間、より専門的に「声楽」を学びました。

甲田:
(……専門的に、声楽を!)
もともと岡山市のご出身なんですね。ちなみに蒜山との関わりはいつ頃から?

池田:
父の実家が、蒜山の中和(ちゅうか)にあって。子どもの頃から年に5回ぐらいは帰省していました。田植えとか稲刈りの時期、お盆休みとか年末年始とか。

13軒ほどしかない小さな集落なんです。同じ時期に帰省してくる同年代の子と遊んだり、蒜山で乗馬をしたり、楽しく過ごしました。何より、とにかく近所の方々がすごく温かく迎えてくださって。それをよく覚えています。

甲田:
中和の方たち、温かいですよね。
でも、またどうして移住しようと思われたんですか?

池田:
まず両親が、入退院をくり返していた高齢の祖父母のお世話をするため(2017年5月頃)、私が大分の大学に入学するのと同時期に、中和に帰ったんです。
私は大学卒業後、岡山市を拠点にアルバイトをしながら、関東や九州の財団法人他からの依頼を受けて音楽活動を、1年ぐらいしていました。

甲田:
財団法人からの依頼で、音楽活動!

池田:
でも、大学時代の後半から、コロナ禍になって音楽活動が限定されるようになって。不完全燃焼のまま卒業。岡山市では練習場所の確保も難しくなったんです。
そんなときに、「中和だったら大きな声で練習しても、だれにも迷惑がかからないかも」と思って。練習できる環境を求めて、両親のいる中和へ移住しました。

甲田:
移住の理由が「大きな声で歌うため」という方と出会ったのは、はじめてです(笑)。

池田:
(笑)そうかもしれないです。

イタリア、アメリカ、韓国へ

甲田:
中和への移住について、両親はどんな反応でしたでしょうか?

池田:
「やりたいようにやったらいいよ」って(笑)。

甲田:
(笑)でも翠里さんが来てくれて、きっと嬉しかったと思います。

池田:
母もけっこうアクティブで。
母のご友人が会長を務めるボランティア団体に、母も所属していて。世界中の子どもたちの絵を集めて、コンクールや展覧会を開催しています。
そのなかで、母がイタリアを担当している関係で、私も5歳、9歳、15歳の3回、イタリアに連れていってもらいました。

15歳のときはべつの目的でしたが、岡山のNPO法人で瀬戸内海のごみ問題の取り組みにも関わっていて。
そのご縁で、南イタリアのとある町で(ナポリもごみ問題が深刻だったんです)、町長や議員、イタリア発祥の食運動「スローフード」に属して活動している青年や地元の青年ボランティア団体他とともに、活動報告会に参加させていただいて、その様子が現地の新聞に載りました。

甲田:
ちょっと待ってください! 情報量が多過ぎて(笑)。

池田:
音楽のほうでは、「東日本大震災・西日本豪雨災害支援」のため、2019年4月にアメリカで日米合同合唱フェスティバルが開催されたんですけど、その選抜された女性合唱団に属していた関係で、一緒に渡米してカーネギーホールでソロパートを歌わせていただいたこともあります。

甲田:
幅広い!

池田:
また、ハウスマスターになる1年ほど前、韓国にも留学しました。
音楽関係の友だちから「声楽を学びに来ない?」って、声をかけてもらって。ちょうど韓国語にも興味があったので、声楽と韓国語を学ぶために3ヶ月間、韓国へ。

甲田:
(声楽を学ぶための韓国留学、世界が違いすぎる……)

池田:
ただ、韓国での留学が楽しすぎて。3ヶ月だったんですけど、期間を延長して結局、6ヶ月間いました。途中、前年から依頼のあったイベントに出演するため、韓国から福岡に飛んだりもして(笑)。

韓国では寮生活だったんですが、いろんな文化圏のひとたちが集まる寮で、言葉も違うなか、延長した期間の3ヶ月間はそこの寮長をさせてもらいました。

甲田:
繋がった!(笑)。

池田:
(笑)そのときの経験がいまに生きているなと思います。
留学先の寮では、毎日決まった時間に寮生同士で話し合う時間があったんですね。掃除当番の決め方も、外出のルールもすべて自分たちで話し合って決めていく文化があったんです。

甲田:
ちなみに、言葉は?

池田:
韓国語を習得するため、日本語は一切禁止されていました。授業は最初から最後まですべて韓国語。
最初の授業では、先生が英語で補足説明してくれるのを必死で聞き取り、英語圏の留学生たちとは、身振り手振り。ときには擬音語を使って話したり、つたない英語で乗り切りました。

甲田:
言葉だけじゃないコミュニケーションもフル活用だったんですね。

大切なのは、生徒たちの気持ちを「くみ取る」こと

甲田:
そして真庭市から声がかかって、三座館のハウスマスターになられて。翠里さんから見た三座館の特長を教えてください。

池田:
蒜山校地の寮「三座館」の特長としては、完全個室でプライベート空間が確保されていることです。2人1部屋も多いなかで、三座館は1人1部屋になっています。
あと、キッチンやリビングが共有になっていて、交流できるのも魅力です。提供される夕食とはべつに、生徒同士でごはんをつくったり、レクリエーションがあったり。2025年に建てられたので、新しいのも良いです。

甲田:
生徒さんから「あおりさん」や「あおちゃん」と呼ばれているんですよね?

池田:
年齢が近いので、親近感を持ってくれたらいいですね。
私もハウスマスターになってすぐぐらいに、三座館で「たこ焼きパーティ」があって。寮生たちが楽しそうに話している様子を見て、ハウスマスターとして「この笑顔を守っていきたいな」と思ったんですよね。

甲田:
ハウスマスターとして、大切にしていることは何ですか?

池田:
くみ取るということです。生徒たちが発した言葉を、ただ言葉どおりに受け取るだけではなくて、「それがどういうメッセージなのか」をくみ取れたら、と思っています。

言葉だけじゃなくて、表情とかしぐさとか、ハウスマスターだからわかるちょっとした違和感とか。そういうことをくみ取れるようにしています。
友だちみたいにどんどん踏み込んでいく、というのは、あまり考えていなくて。あくまで寮って、生徒たちのプライベート空間なんですよね。だから踏み込んでいくよりは、「くみ取る」ことを大切にしています。

甲田:
距離感というか、バランスが難しそうですね。
「くみ取るコツ」みたいなのは、あるのでしょうか?

池田:
「あいさつ」ですね。「行ってきます」「おかえりなさい」とこちらが言うのはもちろん、生徒たちからのあいさつをしっかり観察するようにしています。
元気に言っているか、元気じゃなさそうだったか。また、そもそもあいさつが返って来なかったら、ちょっと気にかけたり。「あいさつ」っていろんなことが見えてくるんです。

面白いことが好きなら、蒜山校地との相性はバツグン

甲田:
翠里さんから見た蒜山校地はいかがですか?

池田:
「CP(※)」という授業が特徴的ですよね。
地域と関わりながら、生徒自身が「実生活の延長線上にある課題」を見つけて、調べて、発表していく。社会に出てからも、ものすごく生かされるチカラだと思います。

高校生って、まだ自分の強みを探している最中という印象があるんですけど、CPを通じた先生とか地域の大人たちとの関わりのなかで、蒜校生は自分の強みを見つけて、どんどん伸びていく子が多いように感じています。

※CP(Community building Project)とは、蒜山をフィールドにした地域学と探究学習を組み合わせたプロジェクトベースの授業。「やってみたい」「面白そう」を実現する授業でもある。

甲田:
翠里さんの生き方ともリンクするところがあるように感じます。

池田:
面白いこと、好きですね。
小学生のとき、友だちに声をかけて「劇団」をつくって、教室で発表したり。大学時代にも、有志で演奏員を集めて「翠(あお)の会」を立ち上げ、ホールで演奏会をしたり。私発信で即興劇をしてYouTubeに投稿したり。やりたいことはほかにもまだまだあります(笑)。

◆リンク:池田翠里さんInstagram

甲田:
ハウスマスターに留まらない活動が始まる予感!
いま真庭のイベントで、歌う機会も増えていますよね。

池田:
少しずつですが、すべて友人や知人が「一緒に演奏しましょう」と声をかけてくださるがゆえのことなので、とてもありがたく思っています。
また、声楽というとオペラとか、ハードルが高いように思われるんですが、みんなが知っている歌曲もあります。地域のお祭りとかイベントでは、ディズニーやジブリの曲も歌わせていただきます。

甲田:
(歌っている動画を観せていただいて)いやいや、ソプラノ! 本物の「声楽」すぎます! これがイベントで聴けるんですか!

池田:
(笑)いつか三座館でもやりたいと思っています。
共有の食堂が、音の響きが良くて。あそこで小さくても、声楽とか室内楽のコンサートができたらなと思っています。

甲田:
めちゃくちゃ素敵です!
「くみ取る」を大切にされている翠里さんだからこそ、言葉の壁を超えていく「音楽」も生きてくるように思います。

池田:
ハウスマスターと声楽が重なっていくと良いなと思います。

甲田:
本当にそう思います!
最後に、三座館への入寮を考えている方にメッセージをお願いします。

池田:
県外から来る人も多いので、それぞれ違う環境で育ってきたと思いますが、そこは心配しなくて大丈夫です。
三座館は、自分たちで話し合いながら成長していける場所です。

親元を離れる生活だからこそ、思ったことは口に出していってほしい。楽しみながら、自分たちで道を切り拓いていってほしいなと思います。

甲田:
ありがとうございます。

池田:
ありがとうございました。

◆

まだ、ほとんどの生徒たちは、翠里さんがソプラノ歌手であることを知らないという。

驚いた。これほど楽しみなことはない。
認知が広がったとき、三座館はまた新たな可能性の扉がきっと開く。

歌うことで、ひとに何かを届けてきた翠里さんが、いまハウスマスターとして生徒ひとりひとりに寄り添っている。
「届けること」と「寄り添うこと」。一見遠いようだが、その2つは翠里さんを通じてみごとに重なっていく。

取材の最後、翠里さんは言った。

「三座館には、〈何がしたいのか〉〈どんな道に進めばいいのか〉を見つけるヒントがあると思います」

それはきっと、三座館にはたくさんの出会いと刺激があるから。

翠里さんとの出会い、翠里さんからの刺激も、きっと生徒たちの「これから」を見つけるヒントになる。今回の取材で、そう確信した。

◆岡山県立勝山高等学校 蒜山校地
ホームページ・Insatagram

◆真庭市学習交流センター【三座館】
ホームページ

聞き手:甲田智之
写真:石原佑美(@0guzon_y)

甲田智之

真庭市在住のもの書き。2児のパパ。Twitterアカウント→@kohda_products

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