「旅人食堂」にいる工藤さんは、地域おこし協力隊の「奥さん」。協力隊のパートナー・家族が見ているもの。
真庭びと08 工藤朋子さん
※この記事は、新型コロナウィルス感染拡大前に取材をしたものです。
コロナ禍でいったんお店を休業され、現在リニューアルして営業再開されています。(2020.10現在)
取材当時とはメニューの変更がありますが、工藤さんのつくるパン、とっても美味しいので、現在の状況はホームページ等をごらんください。
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子どもたちが、園庭を走りまわっています。
はしゃぎながら、ジャングルジムをのぼったり、ブランコをこいだり。今日、はじめて会ったのに、もう友だちになっているみたい。
そんな子どもたちの様子を、すぐ近くのテラス席から眺めていると――。
運ばれてきたのは、自家製天然酵母のパンで挟んだ、手づくりオランデーズソース「レシュティ・サンドイッチ」と自家焙煎のホットコーヒー。
カリッと焼き上げたじゃがいも「スイス料理のレシュティ」に、半熟目玉焼きがのっている。自家製のオランデーズソースもかかって。
「お、おいしそう!」
ここは、旧北房(ほくぼう)中央保育園を改装した、「旅人食堂(たびびとしょくどう)」。
真庭のものをふんだんに使いながら、世界各国の料理にアレンジを加えて、「ここでしか食べられない」オリジナル料理を提供しています。
仕掛けたのは、元真庭市地域おこし協力隊で、韓国ソウル出身、株式会社ふ代表取締役の姜 侖秀(カン ユンス)さん。
今回の「真庭びと」は、そんな姜さんを公私ともに支えながら、2人の子育てもしながら、でも決して活動の裏方にまわるわけではなく、自分の軸でまわっている奥さんの工藤朋子(くどう ともこ)さん。
地域おこし協力隊は、地域の有名人。
そのパートナー、家族の人たちは、協力隊のとなりで何を想うのか。
本当のところを取材させていただきました。
これから地域おこし協力隊になろうとしている人も。
これからパートナーが、地域おこし協力隊になろうとしている人も。
姜くんから真庭のいろんなところの動画が送られてきて、「早くおいでよ」って急かされました(笑)
甲田:
こども園の送り迎えではお会いするんですけど、何だか改めまして、ですね。
工藤:
ホントに。よろしくお願いします。
甲田:
よろしくお願いします。
早速なんですけど、千葉から真庭に来られたんですよね。きっかけは?
工藤:
きっかけは、姜くん(夫)が真庭市の地域おこし協力隊になったことです。
甲田:
そうなんですよね。
どうしても「地域おこし協力隊の移住」にスポットが当たりがちなんですけど、今回はぜひ「協力隊の奥さん」にリアルなお話をお聞きしたくて。
もちろんお聞きしたいのは、それだけじゃないんですが(笑)。
旦那さんが「協力隊になろう」と思っているのはご存知でしたか?
工藤:
はい。もともと遊休施設の利活用に興味があったので、そういうことのできる地域おこし協力隊の「場所」を探していたようです。姜くんは北海道とか九州にも行ってみて。
甲田:
では、真庭市に決まったときは?
工藤:
落ち着いたぁ、という感じですね(笑)。
ただ、はじめは真庭へ行くことの「ためらい」もありました。
長女を出産して、すぐだったんです。当時は実家の近くに住んでいて、親のサポートがあったので、そういうのが移住したらなくなる、というのは不安でした。
あと、仕事のことも大きかったです。ガーデナーとフラワーコーディネーターの仕事をしていて。大好きな仕事だったので。
甲田:
たしか、先に旦那さんが真庭に来られて、その数ヶ月後に工藤さんが。
工藤:
そうです。仕事の整理があるから「先に行ってて」と言って。
でも、そのあいだ、姜くんから真庭のいろんなところの動画が送られてきて、「早くおいでよ」って急かされました(笑)。
神庭(かんば)の滝とか、北房のホタルとか。自然が豊かで、魅力的なところが多いなあと思いました。
甲田:
そして、真庭に移住されて。実際に暮らし始めて、いかがでしたか?
工藤:
「田舎=不便」という固定観念があって、ちょっと心配だったんです。病院とか近くにあるのかな、とか。生活のインフラとか。
でも、勝山というところに住んで、そういう不便さはまったくなかったです。
甲田:
地域の方とのお付き合いはいかがでしたか?
というのも、工藤さんが来られたときには、すでに旦那さんは「地域おこし協力隊」として活躍していて、真庭でもかなりの有名人だったので。
工藤:
それはわからないんですけど。
来たときには、もう「姜さんの奥さん」でした(笑)。そういう風に声をかけてもらうのって嬉しかったんですけど、反面、私もちゃんとしなきゃなって。
千葉のときは、仕事も生活も、一個人で。お互い、干渉しないというか。「姜さんの奥さん」と呼ばれること自体なかったんです。
でも、こっちでは、仕事も生活も「姜さんの奥さん」で、温かさに触れられる分、見られている、ちゃんとしなきゃ、というドキドキはありました。
私、普段ちゃんとしていないので(笑)。
甲田:
そんなイメージ、まったくないです(笑)。
真庭市の地域おこし協力隊の中でも、ここ「旅人食堂」もそうですが、工藤さんと姜さんは一緒に動くことが多かったように思います。
工藤:
そうですね。
姜くんの仕事にけっこう関わっていたので、知っている人も一緒ですし、そういう面でも地域の人たちとの関わりを、大切にしていました。
あと、子どもから入ったのも大きかったと思います。
お付き合いを意識した、というよりは、自然と子育てのアドバイスをもらったり、興味のあることを質問したり。その中で、少しずつ輪が広がっていきました。
人生一度きりだから楽しまなくちゃいけないぞ、というのがあって
甲田:
「自然と」というのは、キーワードですよね。
必要以上に考え込んだりせずに、先入観なく、地域の人たちと接することができる。それって、海外生活の長い工藤さんならでは、なのでしょうか?
工藤:
どうでしょう(笑)。
ただ、若いときから「いろんな人に接してみたい」と思っていました。世界は広くて、いろんな考え方があって。だから、お金を貯めては、海外旅行をするのが趣味でした。
甲田:
旦那さんとの出会いも、イギリスでしたよね。
工藤:
そうです。
当時、お花屋さんで働いていたんですけど、「もっと枠を広げたいな」と思って、ガーデナーの勉強をするために、あと英語の勉強も兼ねて、イギリスへ。
甲田:
すごい行動力ですね!
工藤:
人生一度きりだから楽しまなくちゃいけないぞ、というのがあって。
イギリスのコッツウォルズという、田舎の田園風景が広がっている、お城の中でガーデニングをしていました。町がもうホントに、お花がすごいんです!
おじいちゃんが日曜日の昼下がりに、芝生を刈っていたり。街には、ハンギングバスケットがいたるところにあって。
花への捉え方というか、「日常に花がある」という感覚で、すごく良かったです。
甲田:
聞いていると、真庭の自然に通じるものがあるような。
工藤:
あると思います。真庭も「花」が身近ですよね。四季も感じられるので。
甲田:
暑い・寒いだけではない四季の移ろいが、真庭にはありますよね。
甲田:
その中で、旦那さんと出会って。
工藤:
はい。イギリスで付き合い始めたんですけど、留学期間が明けたら、姜くんは韓国へ、私は千葉にそれぞれ帰りました。
でもその後もお互い連絡を取りつづけて、結婚を機に、韓国へ。2人で暮らすようになりました。ただ、また姜くんと一緒に韓国からイギリスへ。
もともと姜くんに「演劇がやりたい」っていう夢があったんです。
韓国でもやっていたんですけど、演劇が有名なイギリスで仕事として、というか。それで、やりたいことならやったほうがいいよね、って(笑)。
私は英語を勉強しながら。そうして一年間、イギリスで過ごしました。
甲田:
イギリスのあと、ご実家の千葉に住まれたんですよね。
工藤:
そうです。妊娠して、出産もイギリスでそのまましたかったんですけど、ビザの更新ができなくて。「じゃあ実家に帰ろうか」ということで、千葉に戻りました。
甲田:
フットワークの軽さっ!
工藤:
いろんなところを見てみたい、っていう思いが強いんです。その土地、その土地で楽しめることがある、と思っています。
単純に、姜くんのやっていることに興味があるんです。面白そうだな、一緒にできたらいいな、って
工藤:
それから千葉に戻って、出産して。
少し、考えが変わりましたね。やっぱり子育てが最優先で、子どもにとっていい環境をつくってあげること、経済的に安定すること。そういうことを考えるようになりました。
甲田:
その考えの変化のすぐあとに、真庭へ移住という不安はなかったですか?
工藤:
生活面では、何となくですけど、「姜くんだったら大丈夫かな」と思ってるんです。飛躍したことを言ったりもするんですけど(笑)。
でも、口だけで言っていることってなくて、きっとやってくれるという安心感があったから、そこまで不安はなかったです。
私自身も、真庭で何かできるだろうな、と思っていたので。
甲田:
お花に関することですよね。
工藤:
そうです。お花に関することをしようと模索していたんですけど、都市部の感覚と「花」に対するニーズが違うな、とわかってきて。
例えば、生花とかも真庭だったら、もうそのあたりに咲いてるんですよね。日頃から摘んで活けられていて。皆さん、ホントに上手で。お花と生活に密着しているんです。
だから、お花屋さんというよりは、イギリスでの経験も生かして、フラワーコーディネートのほうですね。フラワーコーディネートの依頼があれば、お受けしています。
甲田:
(今は、3年間の任期満了で卒業していますが)地域おこし協力隊として活動している姜さんと伴走しながらも、自分の軸でまわっているのが、工藤さんの魅力と思っていて。
工藤:
自分の好きなことをしていかなきゃ、自分じゃないな、と思っているからかな(笑)。
でも、真庭に来たとき、「自分はあとからついてきているだけ」という感じがしたんですね。自分もしっかりしなきゃ、というか。「今まで自分が一所懸命、がむしゃらにやってきた花はどうなっちゃうの?」っていうのが根底にあったんだと思います。
だから模索しながら、感覚だけは失わないようにしていて。
甲田:
姜さんに負けたくないというか。
工藤:
すぐとなりに一所懸命な人がいたので、それを見て、私もがんばろうって。
単純に、姜くんのやっていることに興味があるんです。面白そうだな、一緒にできたらいいな、って。
廃園になった保育園をリノベーション。カフェ「旅人食堂」をオープン
甲田:
姜さんのやっていること。例えば、ここ、旅人食堂がそうですよね。
ちょっと「旅人食堂」の説明をさせてください。
廃園になった旧北房中央保育園をリノベーション。おしゃれなカフェ「旅人食堂」として新たにオープンさせました。
もともと姜さんは協力隊活動中に、空き家を改修した海外の方向けシェアハウス「インターナショナル・シェアハウス」を立ち上げ。
フランス・アメリカ・アルゼンチンなどから多くの旅人が、真庭市の北房を訪れ、地域の人たちと関わりながら、日本の豊かな田舎暮らしを満喫してきました。
そんな海外の旅人たちが、母国の料理を、地域の人たちにふるまう。それが「旅人食堂」のはじまりです。はじめは、店舗を持たずに既存の飲食店を単日で借りたりしていました。
また、姜さんは協力隊活動として、旧北房中央保育園の一角で、地域資源をつかったキムチづくり、「北房キムチ」の商品化も、地元のお母さんたちと一緒にしていて。
その旧北房中央保育園を、キムチづくりの厨房としてだけではなく、「旅人食堂」の新たな拠点として生まれ変わらせました。
地元のお母さんたち「北房生活交流グループ」の皆さんは、「旅人食堂」の商品づくりにも協力をしていて、人気メニュー「あんバターサンド」のあんこは、お母さんたちの手づくりです。
工藤:
もともと保育園だったので、お母さんたちがゆっくりとくつろぎながら、目の届く範囲で子どもを遊ばせることができます。園庭も、キッズルームもあるので。
工藤:
ニーズに合わせた活用ができたらいいな、と思います。
私も経験したんですけど、子育て中の方って、ちょっと気を使いながらお店に行くんです。だからなかなか息抜きがしづらいんです。
ここは、そういう方たちにもゆっくりとくつろいでもらえる、そんな場所にできたらいいな、というのがあります。
もちろん食事もおいしいものを。スイスのサンドイッチとか、韓国のキムチチャーハン「カクテキポックンパプ」とか。世界の料理が楽しめます。
また、1日28斤限定で、天然酵母の食パンの販売もしています。
甲田:
ほんと、おいしいですよね!
海外の方が来られたら、またその国の料理とか、期間限定で出されたり?
工藤:
そうですね。そういう料理も出せたら面白いかな、と思っています。
海外の方と交流できる場所にもしたいな、と思っていて。子どもたちにとっても、いろんな文化を持った人たちと出会えたら、世界が広がるんじゃないかなって。
甲田:
実際に、ここ「旅人食堂」は、そういう場所になっていますよね。
工藤:
不安も大きいですけどね。
甲田:
不安という点では、「旅人食堂」をはじめ、どんどん新しいことを起こしていく姜さんのスピード感に不安とかはありませんでしたか?
工藤:
やりはじめても、次のアイデアが出ちゃったら、もう次に手が出ちゃう。
私は子どもが生まれてから、やっぱり慎重になったかな、と思います。現実的になったというか。だから、「待った」をかけることもあったんですけど、興味を持ったことをなんとか形にしていくアイディアとバイタリティのある人なので。
だから、否定するんじゃなくて、姜くんのやることを「私たちのできる形に変えていく」ということをしています。
甲田:
移住後の生活は、変化がつきもので。その変化をどう捉えていくか。工藤さんのお話にその答えがあるような気がします。
工藤:
何かしら、変えるために移住したんだと思います。
甲田:
僕も移住者なので。ほんとにそうです!
工藤:
めまぐるしい変化の中ですけど、大切な子どもの成長を見逃さないようにしなきゃな、とはいつも思っています。
クルマに乗って通勤するときに、毎朝感動するんです、やっぱり
甲田:
工藤さんにとって、真庭市の魅力はどういうところにありますか?
工藤:
いろいろあるんですけど、自然ですね。季節を感じられる自然、というか。
クルマに乗って通勤するときに、毎朝感動するんです、やっぱり。子どもたちにも「稲が刈られたね」、「紅葉してきたね」って話して。
風景を通しても、お祭りとか保育園の季節行事を通しても、いろんな角度から季節を感じることができます。野菜とか果物もそうです。
クルマ移動が多いことも、魅力的で。
千葉に住んでいたときは自転車に子どもを乗せて、最寄りの駅まで行って、駐輪場から歩いて、それから電車でしょう。そう考えると、真庭はドアtoドアなので。
同じ30分でも、運転だけなのでとてもラクです。しかも、渋滞の30分じゃなくて、風景を感じながらの30分なので、移動時間で頭がスッキリできるんです。
甲田:
わかります!
信号も少ないですし、原付も少ないですよね。
工藤:
安全には気をつけながらですけど(笑)。
でも本当に、人間らしい暮らしができているな、と思います。人とのふれあいとか、食べものとか。そういうことが、真庭にいると、子どもたちにも伝えられるんです。
子育てをしていると、真庭の魅力をほんとに感じます。
子どもを連れて歩いていると、「可愛いね」とか「いくつ?」とか、声をかけてくれる。気にかけてくれる、というか。
公共の場で騒いでいる我が子に「静かにしなさい」って言っていると、となりのおばちゃんが「大丈夫よ」と笑いながら言ってくれる。心の中でピンと緊張していたものが、そのひと言でほぐれるんです。
そんな人間らしさのあるところですよね、真庭は。
甲田:
ありがとうございます!
最後に、これから移住を考えられている方に、何かメッセージがあれば。
工藤:
その土地、その土地の良さを比較しないこと。
自分のしたいことを我慢しないこと。したいと思ったら、考えるよりも「とにかくやってみよう」という風に思っています。
あと、私はやっぱり花が好きなので、そういう感性を磨いていたい、という風に思っていて。自然を五感全部で感じることで、感性って磨かれていくので。
都会ではなかなか置いてけぼりになる、この感性も大切にしていけたら、と思います。
甲田:
ありがとうございます!
工藤:
ありがとうございました。
取材後、「旅人食堂」の居心地の良さに甘えてしまいました。
疲れを知らない子どもたちを眺めながら、コーヒーを飲みながら。
工藤さんの「単純に、姜のやっていることに興味があるんです。面白そうだな、一緒にできたらいいな、って」という言葉を思い出していました。
いい言葉だなって。パートナーに限らず、地域おこし協力隊として、そんな風に誰かに言ってもらえたら、どれだけ嬉しいだろう。
帰り道、よほど楽しかったのでしょう、クルマに乗った途端、3歳のムスメはみごとに寝落ちて、そのまま爆睡、家に着いてもなかなか起きませんでした。
起きてまもなく、「また行こうね」と僕が言う前に、ムスメが笑って、「また行こうね」と言いました。
「うん。また行こう」
工藤さん・姜さんのいる旅人食堂へ。
※コロナウィルスによる営業自粛時、お店で事務作業をしている工藤さんを訪ねました。
お店は閉まっているのですが、ずっと電話が鳴りっぱなし。「今日は営業されていますか?」「いつ営業を再開するんですか?」
着信の多さから、どれだけ多くの人が「旅人食堂」を楽しみにしているか、目の当たりにしました。僕も、再開を楽しみにしているうちの一人です。
(2020.10にお店は再オープンしています *編集注)
聞き手:甲田智之
写真:石原佑美(@0guzon_y)