高校を卒業して、地方から出ていく。
寂しさはあるけれど、それももちろん、ひとつの選択肢です。

でも、都会に出て酸いも甘いも味わって、それから真庭にUターンで戻ってくる人たちが今、増えています。そういう人たちが、真庭に新しい風を吹かせてくれる。

いろんなところで培った人生経験が、Uターン後の暮らしに生かされているんです。
片川佳子(かたかわ よしこ)さんも、そのひとり。
実家は、老舗の豆腐屋さん。多感な幼少期を真庭で過ごし、高校卒業と同時に、関西へ。大阪、東京、九州とめぐり、また真庭に戻ってきました。

両親のこと・家のことなどなど。
Uターンならではの「リアル」に寄り添いながら、大規模なフリーマーケットイベント「FUN FUN flea market」を実行委員長として開催!

やるとかやらないとか、迷ったときには「やる」ほうを選択する。

片川さんはそう言います。
会うと、元気になる。まわりが明るくなっていく。
そんな人がらの片川佳子さんに、いろんなお話を伺いました。

今回は片川さんのお気に入りスポットである白梅総合公園でお話をおうかがいしました

【これぞ、Uターンのリアル!】

甲田:
片川さんは、Uターンですよね。Uターンのきっかけは?

片川:
高校卒業と同時に真庭を出て、20年以上経って。
40歳という自分の年齢的な節目と合わせて、真庭にいる親もそろそろ70歳になるころだったので、何かあったときにすぐ駆けつけられるような距離にいたいな、と思ったのがきっかけです。

甲田:
ご両親から「帰っておいで」という声は?

片川:
思っていたかもしれないですけど、はっきりと言われたことはないですね。
祖父の代から豆腐屋をしていて、本当は継いでほしかったかもしれませんが、娘の私には「しんどいから、継がなくていい」と言っていました。

甲田:
ご実家、豆腐屋だったんですね。

片川:
そうです。
戦争が終わって、朝鮮から実家のある落合(真庭市の落合地域)に祖父母が引き揚げてきて、「食べるものだったら、これからの生活に困らないだろう」と、独学で豆腐屋をはじめたみたいです。
祖父の代からだから、もう60年、70年は経っているのかな。

甲田:
(……豆腐屋のお話、あとでもっと聞きたいな)

甲田:
Uターンしたときは、どんな気持ちでしたか?

片川:
とくに何も感じてないんですよね(笑)。
漠然と「田舎はいやだなあ。都会のほうが面白そう……」と思って。
高校卒業後、関西に出て、20年以上あれこれと外で好きなことをしてきて、ある意味、「やり尽くしたかな」「充分、満腹だな」という感じで。
年齢を重ねたこともあったので、「よし、地元に帰れるぞ!」という気持ちも、反対に都会に「後ろ髪を引かれる」という気持ちもなかったです。

甲田:
(これぞ、Uターンのリアル!)

【両親ともに真庭の中でしか生きてこなかった人たちなので】

甲田:
「田舎がいやだ」というか、都会への憧れは子どものころからあったんですか?

片川:
テレビの影響が大きいかな、と思います。
子どものころ、自宅のとなりに豆腐の工場があったんです。家族はいつも近くにはいるけど、早朝から夕方まで仕事、働いている家族の姿をずっと見ていました。
家族が仕事のときは、妹と2人でテレビを観てたんですけど、それが外とのつながりというか。テレビに映る外とのつながりって、「都会」なんですよね。

だから、高校卒業後は県外に出ると決めていたんですが、「でも東京はちょっと遠いから、関西にしようかな」と。大学も「入りたい大学」ではなく、「入れる大学」を選んで。やってワクワクする方よりも、無難に失敗しない方を選んできたと思います。

甲田:
真庭から都会に出て、感じるものはありましたか?

片川:
もう感じるものばかりでしたね。「うぉぉ!大阪っ!!」「人混み、ひゅぅ!」「電車ーっ!」みたいな(笑)。とにかく当時は外の世界を知りたかったんです。

甲田:
……それは。

片川:
う~ん。
テレビの影響も大きかったと思いますが、両親ともに真庭の中でしか生きてこなかった人たちなので、よけいに外への憧れが強くなっていたのかもしれません。

でも、今ではそんな両親を尊敬しています。
私は広く浅く、いろんなことをやってきたけど、両親のように、ひとつの土地に根をはって、ひとつのことをずっとやり遂げるっていうのは、ものすごくチカラのいることなんだな、私にはできないな、と思うようになって。

【これまで経験した仕事は、35ぐらいあります(笑)】

甲田:
でも、当時はとにかく真庭を出たかった。
都会では、どんな生活を?

片川:
大学時代は勉強も少ししながら(笑)、バイトバイト。いろんなバイトをかけもちしていました。

(そう言って、スッと何かの一覧を出す片川さん)

甲田:
……こ、このリストは?

片川:
大学時代のバイトから数えて、これまでの職歴のリストです。
これまで経験した仕事は、短期バイトとかも含めて、35ぐらいあります(笑)。

甲田:
ええっ! 35って、めちゃめちゃあるじゃないですか!

片川:
正社員、アルバイトを通じて、いろいろな経験をさせてもらいました。
どの仕事でも共通しているのは、暇なときも「何かないかな」と、自分のできることをいつも探していたことですかね。何かしていないと居心地が悪いんです。

甲田:
自宅と工場が接していて、「仕事」が身近にあったという環境も関係していたり?

片川:
それはあると思います。
子どものころから、切られた豆腐を手でパックに入れていくとか、あげのシールを貼ったりとか、小分けにしたりとか。働くことは身近でしたね。

甲田:
(職歴のリストを見ながら)東京にも?

片川:
転勤で、東京にもいたんですけど、東京で過ごした20代後半は、ずいぶんと悩んだ時期でもあります。
仕事や人間関係の中で、「できる自分、理想の自分」と「できない、現実の自分」のギャップに苦しんで。他人と比べて、落ち込んで。自分は何をやってるんだろうって。
鬱じゃないですけど、人と会うのを避けていた時期がありました。でも今では、そんな悩んだ時期もいい思い出になっています。

甲田:
結婚を機に、九州へ?

片川:
そうですね。長崎と福岡に、10年ぐらい住んでいました。
4年ぐらいで離婚したんですけど、その後も九州にいました。

甲田:
いろいろされている上に、ど、怒涛ですね。(……ついていけてるかしら、自分)

片川:
福岡での生活は、仕事も遊び充実していました。
30代後半からは、趣味のスノーボードを満喫するために、そのぶん仕事の手を抜かないと決めていたので。そのうちスノーボードにどんどんハマって。
最後は長野に一冬こもってから、真庭に帰ってきました。

甲田:
(つながった! 片川さんがはじめに言っていた「ある意味、〈やり尽くしたかな〉〈充分、満腹だな〉という感じで」という言葉につながった!)

【工場を閉める方向で話を進めたほうがいいんじゃないかな】

甲田:
……本当に、やり尽くしてますね(笑)。

片川:
でしょ(笑)。
やり尽くしたから、40歳という自分の年齢的な節目と合わせて。
真庭にいる親も70歳が来るし、何かあったときにすぐ駆けつけられるような距離にいたいな、とUターンしたわけです。

甲田:
ご実家に住まれる予定で?

片川:
そうですね。
仕事も、これまで好きなようにやってきたので、「どうにでもするだろう」と思われていたんじゃないかな、と思います。そのときも父親は、何も言わなかったので。

甲田:
豆腐屋のことも?

片川:
私の中で、「継ぐとしたら……?」というのはちょっとだけ考えました。
でも、話はしなかったですね。自分の中で思っていただけです。もう少し規模が小さくて、たとえば家族経営のような感じだったら、もしかしたら継いでたかもしれないんですけど、従業員さんを雇ってとか、そこまでの責任は私には背負えないと思って。

あとから思ったことですけど、こういうケースって真庭でたくさんあると思うんです。
たとえば父の豆腐屋みたいに、人件費がかけられない、若い人を入れられない。だから社内の高齢化が進んで、今の時代に合わせることが難しくなっていく。

もっと早い段階で、専門の方から「今の時代に合った方法」「持続させていく方法」の提案をもらったり、教えてもらったり。また違った形で残せたかもしれないな、とは思います。

甲田:
……本当に、多いと思います。

片川:
工場のことは、「継ぎもしない私が、あれこれ言うのは……」と思って、話してこなかったですね。今さらですけど、もっと話しておけばよかったと後悔しています。
父をサポートできる何かができたんじゃないか、とか。
父親の足りていないところを補える、そんな人が父のそばにいたら、また違っていたのかな、と思います。父の代で、廃業してしまったので。

甲田:
それは、片川さんの中にも覚悟が……。

片川:
そうですね。いつかは、とは思っていました。
父がどれぐらいつづけようと思っていたのかはわからないんですけど、それでも高齢ながら「東京オリンピックの年まではがんばろうかな」と言っていたんです。

でも3年前(2017年)、その年の1月末にガン告知を受けて、2・3月ずっと入院。3月が金婚式だったんですけど、副作用がキツくて、何もできませんでした。
その後、4月から抗ガン剤が効きはじめて、7月の終わりに、ちょっと遅くなったけど、3月にできなかった金婚式もすることができました。

甲田:
……そのあいだ、豆腐屋さんは。

片川:
母親がメインでつづけていました。
でも、妹といろいろ話をする中で、「工場を閉める方向で話を進めたほうがいいんじゃないかな」って。
そして、……父にも「閉める」ということを伝えて。
その数週間後、8月末に亡くなりました。

でも、たぶんですけど、父はまた帰ってくる気持ちでいたんじゃないかな、と思います。
どんなときも、抗ガン剤の副作用のときでさえ、弱音とか泣き言も一切言わない人だったので、思うところはあったと思いますけど、何も言わなかったですね。

片川:
……亡くなったあと、会社の清算作業をするなかで、売掛の支払いとか、解散の申告とか、会計事務所さんとのやりとりとか。「ああ、もうちょっと、何かできることあったんじゃないかな」といろいろ思うことがあって。
あと、もううちのお豆腐は食べられんくなるんじゃな、とも思いました。

そんな風に、感傷にひたっている時期もありましたが、今になって思うのは、残念ではあるけれど、仕事の取引先にも迷惑をかけずに、ピリオドを打てたのは良かったかなって。

まあ、でもとにかく、父親らしい生き方だったかなあ、と思います。
これだけ自由にできたのは、父も母も自由にさせてくれていたからで、やいやい言われていたら、そもそも真庭に帰ってきてなかったと思います。

【今からは自分の好きなように生きて、毎日笑って、気持ちよく過ごしてほしいな】

片川:
今は、母親と二人で暮らしています。
母親はまだ元気なのですが、いつ何があるかわからないので、毎朝、顔を見て「行ってきます」と言うようにしています。スゴくささいなことですけど。

母は嫁いできてから、これまで50年以上、豆腐屋ひと筋で働きつづけてきたので、今からは自分の好きなように生きて、毎日笑って、気持ちよく過ごしてほしいな、と思います。
その環境を、私がつくらないとな、って。

甲田:
素敵な親子関係です!

片川:
あと何年、一緒にいられるか。まあ、そう言ってて、母親が100歳ぐらいまで生きたら、私が先にいなくなるかもですけど。でもそれも伝えています(笑)。

「母が逝くときは、盛大に送ってあげるから」なんてことも笑いながら話しています。
元気なうちに、そういう話をしておかないと(笑)。元気じゃなくなってからでは、そういう話ができないので。笑いながらできるうちに、を心がけています。

【やるとかやらないとか、迷ったときには「やる」ほうを選択する】

甲田:
片川さんと言えば、「FUN FUN flea market」実行委員長としてのイメージもあるのですが、……と、その前にまずは「FUN FUN flea market」のことを説明させてください。

「FUN FUN flea market」は、2019年の5/26に開催された、大型フリーマーケット。
真庭市の落合地域で、市内外から、およそ35ブースが出店。さらに、飲食ブースも16店舗。モノ・ヒト・キモチを紡ぐ、界隈で大きな話題となったイベントです。
*FUN FUN flea market Facebookページ「FUN FUN Maniwa

そんな「FUN FUN flea market」のもともとのきっかけは?

片川:
ひとつは、私がもともとフリーマーケットによく参加していたというのがあります。

それに加えて、やっぱり廃業も影響しているのかなって。
私が生まれ育った実家ってもうないんです。何もない。実家を売り払って、家のものを処分して。そのときにもっとうまく循環できたらいいのになあ、と思ったのもきっかけです。
家にあるものを、ただ捨てるんじゃなくて、循環させていく。そういうお手伝いができればな、と思っていました。

イベントの様子と当日スタッフの皆さん(FUNFUN Fleamarket実行委員会提供)

甲田:
そのアイデアが、あれほど大規模なイベントに発展したのは?

片川:
アクセラレーター型スタートアッププログラムが大きいですね。

甲田:
真庭市の落合地域で、行われた「起業支援」プログラムですよね。
実際に起業してきた人たちやお金の専門家が、サポート役として、50日間伴走。スタートアップを支援するプログラムでした。
(その他、真庭市は、「起業支援事業」や「まにわ創業塾」など、起業支援プログラム・補助金がいろいろあります)

それに参加するハードルは感じましたか?

片川:
やってみたいと思うことはやってみよう、と思っているので、ハードルはなかったです。
誰かがやってくれるのを待っていても、楽しくないし。自分が思っているほど、使える時間は多くない、と思っているので(笑)。

甲田:
ええっ!(笑)。

片川:
だから「考える前に、飛べ!」って思っています。
やるとかやらないとか、迷ったときにはできるだけ(笑)、「やる」ほうを選択する。
そもそも、自分には絶対ムリだなと思うことは、悩まないですよね。できそうだな、と思うから悩む。じゃあ、やったらいいかなと(笑)。後悔するなら、やって後悔、です。

甲田:
豊富な人生経験っ!

「FUN FUN flea market」の開催を通じて感じたものはありますか?

片川:
同じ思いを持った知り合いが増えたこともそうですし、楽しさや嬉しいことは、与えられるものじゃなくて、自分が動いたり、感じたりすることで得られるものなんだなあって。
楽しいところに、人は集まってくると思うので。

甲田:
本当に、そう思います。

片川:
真庭市を活性化させる、とかそういう大仰な思いはなくて、自分が楽しいことをして、その結果、真庭が元気になったらいいな、と思っています。

甲田:
ありがとうございます。
最後に、片川さんにとって、真庭の魅力を教えてください。

片川:
……魅力。難しいですよね(笑)。なんだかうまく言えないというか。
真庭って、私自身、まだまだ知らないことが多すぎて、発見しがいがあるというか。人もそうだし、場所もそうだし。
いまは、生まれ育った真庭のことをもっと知りたいと思うし、これからどんな発見があるんだろう、と楽しみにしています。

甲田:
僕も、発見をつづけている途中です。
今回は本当に、ありがとうございました!

片川:
こちらこそ、ありがとうございました。


じつはこの後、さらに話が盛り上がりまして。
僕が片川さんにお願いしていた「妄想リスト(アイデア)」を見ながら、いろんな「楽しいこと」について語り尽くしました。

やりたいことって、「実際にやること」で広がっていく。
人と関わることで、もっともっと広がっていく。

そんなことを、片川さんのお話の中で思いました。
何より、片川さんと話していくうちに、どんどん「あれもやりたい」「これもやりたい」と元気になっていく自分を感じました。

聞き手:甲田智之
写真:石原佑美(@0guzon_y