真庭市の南部、北房(ほくぼう)にある自家焙煎珈琲屋「DUMONT(デュモン)」。
集落のなか、風情ある新田さんのおうちへ入っていくと、素朴でやさしい空間が珈琲の香りとともに迎えてくれます。そこは、カフェではなく、自家焙煎珈琲の工房。

オーナーは、新田智(にったさとし)さん・新田亜希(にったあき)さん。
智さんは地元の方。亜希さんは大阪から東京を経て、結婚を機に真庭に移住してきました。
そんなお2人が、地域のなかで自分たちの好きな「珈琲」に携わりながら、どんな暮らしをされているのか。そこには「珈琲」への想いと、リアルな日々の生活がありました。


【珈琲ってこんなにも透き通って、綺麗なものなんだ】

甲田:
(淹れたての珈琲をいただきながら)亜希さんはもともと大阪ですか?

新田亜希:
そうです。お菓子が好きで、自分でつくったお菓子と紅茶を出すようなお店が持ちたくて、大阪の専門学校に通っていました。当時は、珈琲が飲めなくて。でも、その授業のなかで師匠と出会って、カルチャーショックを受けて、「うわーっ、珈琲ってこんなにも透き通って、綺麗なものなんだ」って感動したんです。

甲田:
師匠というのは?

新田亜希:
Café Bach(カフェ・バッハ)の田口護さんです。師匠との出会いが大きくて、専門学校を卒業後、ケーキの仕事がしたかったはずなのに(笑)、「田口さんのところで働きたい」と東京のCafé Bachで働きはじめました。

甲田:
珈琲が飲めなかったのに、珈琲の仕事に。それほど衝撃的だったんですね。

新田亜希:
田口さんは、システム珈琲学を提唱された方で。数学、論理学の世界で珈琲を徹底的に捉えて、生豆の選定から焙煎、抽出まで、各プロセスすべて、理論に則って珈琲を淹れるんです。

甲田:
(……そんな珈琲の世界があるなんて!)旦那さんとの出会いは?

新田智:
東京のCafé Bachへ、珈琲を学びに行ってたときですね。
私は、もともと珈琲が好きだったんです。あるとき、『喫茶店経営』という本に師匠のお店が出ていて。そのお店、Café Bachになぜか惹きつけられて、学びに行くようになりました。べつに仕事をしながらだったので、真庭から深夜バスに乗って、月に1~2回ぐらい東京へ。

【10年に一度ぐらい「ばら寿司」を100人前とか用意するんです】

甲田:
亜希さんは、結婚を機に真庭へ来られたわけですね。
大阪から真庭への移住、どんなことを感じられました?

新田亜希:
ずっと都会暮らしだったので、田舎に憧れがありました。「田舎っていいな」と思っていて。でも、実際に入ったらけっこう大変でした(笑)。

甲田:
それは……。

新田亜希:
大阪では必要がなくて、免許を持ってなかったんです。まさか地方に移住するなんて思っていなかったので。慌てて免許を取ったんですが、苦手なままで乗れなくて。だからずっと家にいたんですけど、今度はそれが「どこにも行けない」というストレスになりました。

新田智:
このあたりは、車は自転車がわりですから。

甲田:
地域に入る、という点ではいかがでしたか?

新田亜希:
私は「奥さん」という形で入ったので、地域の方もわかりやすかったんだと思います。それに、このあたりの地域行事への参加もきっかけになっていたと思います。

新田智:
このあたりは「お大師様(弘法大師)」があるので、地域の人たちがお大師堂へ行って、月に一度お大師様を拝んで、そのついでに「集金集会」をしています。カフェ文化はなくて、やっぱり飲みのアルコール文化ですね。

新田亜希:
地域の集まり以外にも、ここ「北房(ほくぼう)」には、88ヶ所のお大師堂があって、いつも春と秋に「お大師巡り」が行われます。そのときは、集落でお菓子を準備して、拝みに来てくれた人にお礼にお菓子を渡したりする、そういう行事があります。

新田智:
高齢化で、行事もいろいろ減っていますが。

新田亜希:
それでも、13年に一度「神楽(かぐら)」をしたり、25年に一度まわってくる地域行事もあったり。毎年12月には「荒神様」を祭る行事で「宿」になったら、接待が必要になるんです。「お大師巡り」のときにも10年に一度くらい「宿」がまわって来て、※中食(ちゅうじき)の時に「ばら寿司」を100人前とか用意して、来た人たちに振る舞ったりとか。

※中食(昼食)

甲田:
ばら寿司といえば、岡山の郷土料理! それを、100人前も!

新田亜希:
はい。現在は「中食(ちゅうじき)」もなくなって、昔みたいな行事はずいぶん少なくなってきていますけど。でも地域の行事だけじゃなくて、学校の行事もあるから。だから田舎ってなにかと忙しいですよね(笑)。そのぶん、集落の人たちと繋がることができたんですけど。

甲田:
地域行事や学校行事、イベントで地域の人たちと繋がっていったわけですね。集落の中に、この自家焙煎工房があるのも大きかったですか?

新田亜希:
そうですね。ここがあるので、ほんといろんな人、たくさんの人にお会いさせていただいたと思います。ママ友の繋がりは学校でできますけど、世代を超えたり、地域を跨いでの繋がりは、「珈琲」があったからだと思います。

甲田:
ほんと、居心地いいですもんね。

新田智:
お客さんからもそう言ってもらっています。カフェよりもこっちの方が話せるから、ずっとこのままでいてほしい、と言いつづけてくださって、もうかれこれ17年間も。
ここはほとんど、おじいさんの手づくりの部屋なんです。その棚も、机も椅子も。カフェのようにデザイン先行ではなく、必要なものを揃えていくうちにつくられた空間で、ほとんどお金はかかってないです(笑)。

【忙しくてもできるのは、お互い「珈琲」という好きなことで繋がっているから】

甲田:
(さっきとは味の違う、深煎りの2杯目をいただきながら)仕事をしながら、子育てをしながら、地域に携わりながら、「デュモンさん」をされている。そのバランスというのはいかがですか?

新田亜希:
バランスは取れているけど、今はとにかく忙しいです(笑)。
子どもが小さいときは、まだ私はほかに仕事をしていなくて、いつもの常連のお客さんと、口コミでお客さんが来られるぐらいでした。そんなに来るっていう感じじゃなかったので、子どもとの時間もしっかり取れてたんですけど。

子どもが大きくなってきたら、やっぱりお金が必要になりますよね。ここだけでは食べていけないので、べつの仕事をはじめたら、忙しくなってしまって。
子どもの「送迎」もあるんです。部活があれば、それに合わせての送迎もあって、習いごともしているのでその送迎も……。

甲田:
ちなみに、お子さんの習いごとは?

新田亜希:
塾と、スイミングと、習字です。だから、週に2日ぐらいかな、送迎がないのは。それ以外の夜はすべて送迎をしています。毎日、仕事から帰って、家事をしてから、夜は送迎して。

甲田:
……い、忙しいですね。

新田亜希:
ここ数年、口コミで来てくださる方も増えたので、より一層です。

甲田:
市外いろんなところから来られているとお聞きしています。
それでも、兼業でされているのは?

新田亜希:
売上、売上、と言わなくていいからでしょうか。有名になり過ぎず、のらりくらりとして、好きなことだけをしている。自由気ままにさせてもらっています。でも、お代をいただいている以上はプロですから。いろいろと忙しい毎日です(笑)。

あと、お店(カフェ)を開くリスクもときどき考えます。
地元で開く以上、潰れたカフェのイメージをつくりたくないので、もしカフェをやるときはそれこそ本気でやらないと。

新田智:
いまは、自由でいられるんです。好きなことをしているわけですから。

新田亜希:
忙しくてもできるのは、お互い「珈琲」という好きなことで繋がっているので、夫婦で分担できるからかもしれません。仕事が終わってから、主人は夜遅くまでハンドピックしたり、焙煎をしたり。私はいまは配達がメインです。

甲田:
共通の「珈琲」という点で繋がっているのは大きいですね。

新田亜希:
お客さんもそうです。うちはそもそも、珈琲好きのお客さんしか来ないので。依頼を受けて開催している珈琲教室に来られる方も、やっぱり珈琲好きの方が多いです。

【「本当はしたかったのに、できなかった」という後悔のほうがよっぽど怖いです】

甲田:
珈琲教室ですか?

新田亜希:
珈琲教室は、いま北房で年間全5回の講座、珈琲とはどういうものなのか、どうつくられているのか。システム珈琲学に則って、実践を交えながらお伝えしています。

新田智:
最近は、消費者さんも「本質」に向かっているように思います。
うちのコンセプトは、「おいしい珈琲ではなくて、良い珈琲を届ける」なんです。「おいしい」は嗜好ですよね。どうしても好き嫌いは十人十色になってしまう。でも、新鮮かつ、正しい理論に則った珈琲は、やはり「良い珈琲」なんです。

新田亜希:
私も主人も、朝から晩まで珈琲ばっかり飲んで。もう珈琲がないと生きていけない身体になっているんです(笑)。だから自分たちで「良い珈琲」をつくりたいし、皆さんにも飲んでもらいたいです。

新田智:
ここはカフェではなく、焙煎した豆を販売するところですので、来てもらったら、たくさん試飲してもらう。そのなかで気に入ったものがあれば、買ってもらう。そういうお店です。

新田亜希:
宣伝をしてこなかったので、もとをたどれば本当に最初のお客さんに行きつきます。その方の口コミから口コミを呼んで、ありがたいことにどんどん広がって、今があります。

甲田:
これからについてはいかがですか?

新田亜希:
いまとても良いバランスなのですが、でもいつか子どもが巣立った後に、「えいや!」とお店ができたらいいな、と思っています。死ぬまでに……(笑)。
もともと、自分でつくったお菓子を出すようなお店が持ちたかったので。

そんなに器用なタイプではないので、「お店だけできたらいいか」という気持ちです。そうすれば、「ああ、充分幸せだったな」と思えると思います。どうなるかはわからないけど。このことに関しては、悔いのないように生きていたいと思います。
いつもは愚痴ばっかりですが(笑)。

甲田:
いやいや、そんな。

新田亜希:
でも、「本当はしたかったのに、できなかった」という後悔のほうがよっぽど怖いです。

甲田:
毎日忙しいけど、「珈琲のある生活」を楽しんでいらっしゃる。

新田亜希:
やっぱり好きなことなので。地域のこと、子育てのこと、べつの仕事のこと、それぞれとうまくバランスを取りながら。

甲田:
そのバランス感覚をとても感じました!
今日は、貴重なお話をありがとうございました。

新田亜希:
こちらこそありがとうございました。

新田智:
ありがとうございました。


途中から取材なのか何なのか、ただ居心地のいい空間、おいしい珈琲に酔っていました。
新田亜希さんと新田智さんご夫婦が織りなす、代替の効かない「デュモンさん」としか言いようのない空間。いつまでも話が尽きませんでした。

味はもちろん、少しでも「デュモンさん」の余韻を味わいたくて、帰りに深煎りのマンデリンを購入させていただきました。

お2人でされていますので、「デュモンさん」を訪れる際には事前のアポイントをよろしくお願いします。

自家焙煎珈琲屋「DUMONT(デュモン)」
岡山県真庭市五名1682
090-4148-3910 新田亜希

聞き手:甲田智之
写真:石原佑美(@0guzon_y