移住の「リアル」が知りたい、と思います。

ふわっとした憧れだけじゃ、ちょっと危なっかしい。でも、そうかといって、ネットにあふれている、および腰の情報におどらされるばかりでもたどりつけない。

――じゃあ、移住の「リアル」って、どこにあるのだろう。

それはきっと、どちらかに偏るなんてことはなくて。
憧れとおよび腰のはざまで、揺れ動きながらあるんじゃないか。

前田昭子(まえだあきこ)さんの家族と出会って、そう思うようになりました。

前田さんは、子ども5人(移住当時は、4人)・おとな5人の大家族で、大阪から真庭市のみどりゆたかな里山「美甘(みかも)」に移住してきた、「真庭びと」です。

安全な食を求めて、自分たちの暮らしを求めて。
山のなかに、ひっそりと一軒。自分たちらしい畑をしながら、地域と関わり合いながら、できる範囲で、いまも「試行錯誤している」といいます。

本当の意味での「リアル」が、ここにあります。

出雲街道の宿場町、美甘のなかにある拠点、古民家「香杏館(こうきょうかん)」で、お話を聞かせていただきました。


【家族のことを考えたら、「買う人」よりも、「つくる人」に近いほうがいいんじゃないか】

甲田:
では、さっそくなのですが、移住のきっかけを……。

前田:
もともと、大阪に住んでたころに、……って。
ところで甲田さんの出身って、大阪の高槻でしたっけ?

甲田:
(質問が返ってくる、新しいパターン!)はい。高槻市です。

前田:
茨木で働いていたんです、私。
生産・流通・消費をひとつに結んで、安心、安全な食べものを宅配する。そういう会社でした。地場のものにこだわっていて、添加物についても妥協していなくて。
その会社では、勉強会とかもいろいろあって。有機農業を研究されている教授の講演があったり、食べものに関する本を輪読したりしていました。

子育てをしながら、食べものを「つくる人」と「買う人」のあいだにいるなかで、これからのこととか、家族のことを考えたら、「買う人」よりも、「つくる人」に近いほうがいいんじゃないか、って思うようになって。

甲田:
たしかに、「つくる」過程が見えづらい都市部とちがって、地方では「つくる・生産すること」が身近ですよね。

もともと、食べものに興味があって、その会社へ?

前田:
興味はありました。でも、食べものに関する情報って、あふれていて。
知りたいけど、知る術がわからない、というか。はじめのうちって、なにが良くて、なにが良くないのか、自分で取捨選択ができないんです。「良い・悪い」がわかっても、「できる・できない」はまたべつだったり。
どこで折り合いをつけようか、とか。その会社に応募したのは、そういうことが判断できるようになりたかったからかな。

アトピーがあったのも、ひとつです。うちの父とか弟が、ひどくて。
安全というか、毒素をちゃんと体外へ排出できるような食べものを求めていくなかで、うちの母と「やっぱり田舎に行きたいね」っていう話になっていきました。

そして、次女が小学校にあがるタイミングで移住しました。

甲田:
真庭へはどういう経緯で?

前田:
うちの母が、岡山県出身の方とけっこう知り合いで。その方たちがみんな、温かくて、人がらも良くて。だから、「岡山、いいんじゃない」って。
海、山のこだわりはなかったのですが、ただ、そのときはまだ、真庭市は考えていなかったです。そもそも真庭市の存在を知らなかったので(笑)。

甲田:
(笑)、では、なおさら真庭市はどうやって?

前田:
物件を探そう、って。まずは、不動産屋さんにお願いしたんです。
でも、なかなか思うところがなくて、不動産屋さんを介さないところも探して。
探して探して、最終的にたどりついたのが、真庭市役所のホームページでした。当時は、物件の情報を直接載せていたんです。

市役所に問い合わせて、詳細のファイルをもらって「では、あとは直接、家主と交渉してください」っていう話でした。

甲田:
物件を探すうえで、条件はどういうものがありましたか?

前田:
道路が近くない、とか。
無農薬とかそういうことがしたかったので、まわりに迷惑をかけないよう、近隣があまり近くなくて、水質の良い高台とか。総じて、まわりになにもないところが良かったですね。

甲田:
(まわりになにもないところ! その考えはなかった……)

家主さんと直接交渉された、ということですが、交渉はスムースでしたか?

前田:
そうですね。とても良くしてくださいました。
はやく誰かに住んでほしい、というのがあったみたいで。だからこそ、家主さんは包み隠さず、なかの写真とか、ていねいな間取り図とか、いろいろ用意してくださって。
「ここは雨漏りしているんです」とか「ここはちょっと穴があいてるんですけど」とか、ほんとうに包み隠さず、伝えてくださったので、とても安心でした。

甲田:
雨漏りとかは、DIYで?

前田:
いえ、まえの方が住んでいたときから、ひと部屋だけ雨漏りがあって。その方たちも、その部屋を閉めきって住んでおられたみたいなんですよ。だから、うちも後まわしにして。

すき間はほとんどが、そのままです。
雨戸を閉めたり、電気を消したり、真っ暗にしているのに星あかりで部屋が明るい。朝になると、朝日がいっぱい差しこんでくるんです。

甲田:
(むしろ、ステキ!)

前田:
あ、でも。床板は、DIYしましたね。
3部屋ぐらい、畳をはがして、床板とシートをホームセンターで買ってきて、みんなで貼り替えたり、敷いたり。大阪だとDIYなんてすることないから、子どもたちはテンションあがっていました。

甲田:
大阪だと、家は「もう、そこにあるもの」ですよね。
ほぼ、完全な状態であって。まさか「自分たちでつくっていくことができるもの」なんて子どもは思わない。

前田:
しかも、来たころは、2階にはむかしの教科書とか機織りがそのままあって。
お葬式とか、寄り合いとか、そういうときに使われた机とかお盆、茶わんがいっぱいあって、それもおもしろかったようです。いまはもう、ふつうになっちゃいましたけど。

なにより、いまはぜんぜん2階にあがっていない(笑)。

甲田:
(笑)、ローカルあるあるかもしれません。
ぼくも、2階のほとんどは入ることがなくて、引っ越したときと同じ状態、そのままになっています。ムスメにいたっては、まだ2階の存在じたいを知らない。

思いえがいたような物件とめぐりあえたわけですね。

昔のたたずまいそのままの縁側は子どもたちのお城。

 

前田:
ただ、農業については、ちょっと。
農業をやろうと思っていたのに、なにも知らないまま来ちゃったので。
なにも考えずに、使い道のない土地をほとんど「原野」にしちゃったんです。「田畑」として残しておけば、農家申請ができるだけの農地面積(田口地区に50a・美甘地区に30a)があったんですけど。

甲田:
職業として農家さんになろうと思ったら、基準を満たす農地面積が必要なんですね。

前田:
そうです。地域によって、必要な面積はちがってくるんですけど。
農地を借りたら、基準を満たせるんですけど、借りるためには、農業委員会で審査を通さないといけなくて。年間の営農計画を立てて、交渉するのかな。
農地を借りたものの、遊ばれても困りますもんね。だから、農地をしっかりと使ってもらうために、農業委員会の審査がある、ということらしいです。

甲田:
ちなみに、前田さんのまえに住まれていた方は、田畑をされていたんですか?

前田:
まえに住まわれていた方が、農家さんなんですけど、牛を飼われていたみたいで。
いま、畑になっているところはもともと、牧草とか茅とか、大きいものがいっぱい、もさーっとなっていたんです。
その株が大きくて、掘り起こすのが大変でした。うえの草を刈ってから、スコップで株を掘り起こして。すべて手作業で、ほんと開墾でした。

【子ども、5人・おとな、5人の、10人暮らしです】

甲田:
移住しようと決めてから、実際に移住するまでの期間はどれぐらいでしたか?

前田:
1年なかったんじゃないかな。「移住できたらいいなあ」と思っている期間はすごく長かったんですけど、実際に動きはじめたら、1年かからなかったと思います。

計画性もなく来ちゃったみたいな(笑)。
たしか、4月8日がこっちでの小学校の入学式だったと思うんですけど、こっちに来たのがその3日まえぐらいで、もうギリギリのタイミングでした。
引っ越しも、4トンのトラックを自分たちで借りて、とにかく荷物を放り込んできたので、けっこう大変でした。

甲田:
もう、皆さんで?

前田:
いえ、私たちが先に来て、その後うちの母と弟が来て、最後にうちの父が。

甲田:
……弟さん?うちの父?
あれ? いま、前田さんのお家って、何人暮らしでしたっけ?

前田:
子ども、5人・おとな、5人の、10人暮らしです。

甲田:
(……っ!)なんと、まあ!

前田:
こっちに来てからも、生まれているので。

甲田:
落合病院ですか?
(「真庭市の産婦人科といえば、落合病院」という印象がある。ぼくのムスメ2人も、落合病院で生まれている)

前田:
そうです。けっこう良かったです、落合病院。
出産のたびに、血圧が上がって、4人目ぐらいから「なんかもう、つぎ出産したら死ぬかも」って思ってたんですよ。
ほんと、5人目のときは出血量が多くて、危なかったんですけど、良くしてくれて。分娩室もきれいで、分娩室のなかに、子どもがいられるスペースがあったのも良かったです。
設備とかも気になってたんですけど、個室だったので、わりと快適に過ごせました。
とくに、看護師が優しくて。大阪よりも良いんじゃないかな。親身になってくださる看護師さんがいっぱいいました。

甲田:
わかります!
人口の規模感がちょうど良いからか、出産で入院される方もそこまで多くなくて、ひとりひとりに関われる時間がしっかり取れる、という印象でした。

ただ、その病院の遠さとか、買いものをするための遠さとかはいかがですか?

前田:
病院はたしかに遠いですよね。
遠いですけど、クルマで行けるなら、まあまあという感じです。
スーパーも、ぎゃくにむだ遣いしなくていいかな、みたいな。近すぎてもね、行くとよけいな買いものをしてしまうので(笑)。

それに、来てすぐのころ、地域の方がジャガイモとかカボチャとか、いろいろ持ってきてくださって。ほとんど面識のない、前に住まれていた方のお友だちだったんですけど。
まだ生活が落ち着いていなくて、手さぐり状態のときだったので、ありがたかったです。

甲田:
真庭らしい「ひとの良さ」ですよね。

前田:
ネットに書いてあったりするじゃないですか。
移住しても、ヨソモノが来た的な扱いを受けたとか、ぎゃくに距離がなさすぎたとか。そういうことはなかったかな。
むしろ、移住してすぐぐらいに町内の花見があって、家族で行ったんです。そうしたら、一列に並んだ私たち家族に、町内の人たちが握手してくるんです、順番に。サッカーの試合まえに握手する感じみたいというか、「よく来てくれたなあ」って。
あれは、衝撃的でした(笑)。

甲田:
たしかに、聞いたことないです(笑)。

前田:
うちの町内だけ、高齢化率が大きく下がったのもあるかもしれません。
ほかが、48%ぐらいなのに対して、うちの町内は、30%ぐらいなので。

甲田:
ほんと、地域にとって「子どもは宝」ですもんね。それが都市部よりも、共通認識としてハッキリあらわれていると思います。

それぞれの個性でのびのび育っている子どもたち

甲田:
では、地域には入っていく、という表現が正しいのかわかりませんが、スムースだったわけですね。

前田:
そうですね。
ただ、意味がよく理解できないものも多かったです。
自治会の役とか、大阪ではなかったので。「愛育委員ってなんだ?」とか。自治会長なんて、大阪だとぜったいまわってこないじゃないですか。

ほかにも、地域行事とか。それこそ、花見とか、清掃とか。
そういうひとつひとつに関わっていきました。
よく、移住系のサイトに「消防団には入らないほうがいい」とか書いてあったりするんですけど、可能なら、そりゃ入るべきですよね。
だって、地域の人との関わりが、そこで生まれたりするわけですから。

甲田:
とくに、地域での若い人同士の交流って、消防がベースだったりするところもあります。

前田:
私も、夏祭りには、町内のママさんと店を出しています。
お父さんたちは焼きそばとビールを出していて。そのとなりで射的をしていたかな。その打ち合わせとかで、ママさんだけの呑み会をしたり。

甲田:
(……仲、いい!)

【子どもたちを制限しなくちゃいけない、というのがなくなったんです】

甲田:
移住して、子どもたちの反応とか、変化はいかがでしたか?

前田:
子どもたちとの話題が変わりましたね。自然のちょっとしたことで、子どもたちとわいわいできる。「星がきれいだね」とか「今日は緑色があざやかだね」とか。
大阪では、街路樹とかあっても、自然を気にすることがないですよね。

同じ川を見ても、こっちだと話が広がるというか。「いっぱい泳いでる」とか、「あそこになんかよくわからんのがおる」とか。

甲田:
こっちだと、自然のなかで「遊びをつくることができる」というのも大きいですよね。

前田:
木登りをしたり、山へ勝手に入っていっちゃったりとか。
このあいだも、四女が木登りしていたら、木の枝が折れて、転がってそのまま池にハマッたらしくて。私、見てないんですけど、すごく見たかったな(笑)。

大阪にいるときは、あんまり子どもと向き合えていなかったような気がします。
マンション住まいだったので、騒音とか気になって、「絶対、許容できない」ってことがたくさんありましたね。どうしても、子どもたちを制限しなくちゃいけない。
でも、こっちではゆとりというか、ゆっくりと見られるようになりました。子どもたちを制限しなくちゃいけない、というのがなくなったんです。

こっちなら、四六時中、外に向かって叫んでいても、だれにも迷惑かからないので(笑)。

甲田:
(笑)、まわりになにもないからこそのメリットですよね。

ひと以外の訪問者は、いかがですか?(笑)。

前田:
タヌキとかウサギとか。いのししもけっこう出てきます。
ただ、なぜか、サルは下りてこないんです。山奥から声は聞こえるんですけどね。私たちが住むまえは、100匹単位で下りてきてたみたいなんですけど、最近はほとんど見ないです。

甲田:
そういえば、前田さん。ヤギを飼われていましたよね。

前田:
「移住したら、飼ってみたい」というのがあって、いまは3匹のヤギを飼っています。

ヤギのミルクと草刈りができれば、と思っていたんですけど、乳は難しかったですね。うちはそのあたりの草を食べさせているので、寄生虫がついてしまって負けたり、冬場に足りなくなったり、けっこう死んでしまったりとかしました。

いまはもう、草刈り。あと、ペットととして、という感じです。
あんまり、広くない範囲で囲って入れておくと、かなりきれいに刈ってくれますよ。
ただ、草刈りだけを考えるなら、ほんとはヤギよりもヒツジのほうが、下まで刈ってくれるので、オススメです。ヤギはわりと高刈りで、うえのほうばかりつまむので。

あと、うちにはイヌが2匹と、ネコが3匹います。

甲田:
(大人5人・子ども5人・ヤギ3匹・イヌ2匹・ネコ3匹! まさに、大所帯っ!)

前田:
移住して、すぐぐらいに狩猟免許も取得しました。罠ですけど。
でも、くくり罠のバネというか、コイルというか、それが自力でセットできなくて。チカラが足りず(笑)。

だんなは、銃の免許を持っているんですけど、残弾処理のクレー射撃にしか行っていないですね。だいたい、だんなは畑とかあまりやっていなくて、家でスマホゲームをしていることが多いです(笑)。
家では休みたい、都会的サラリーマンの考え方ですかね(苦笑)。

甲田:
なんていうか、リアルですね(笑)。
……そして、僕も「家では休みたい派」だったりします。

【水は、うちはいまだに「さわみず」なんです】

甲田:
移住して、経済的な変化はいかがでしたか?

前田:
経済的な変化でいえば、収入は増えました。
だんなが、ふつうに会社勤めをしていて、大阪にいたときよりも、いまのほうが給料がいいので。もちろん、子どもが増えたので、出ていくのも増えたんですけど。

だんなが働いてくれているから、私たちがべつのことができる、っていうのはあるかな、と思います。夫婦で農業するとなると、かなりハードルが上がるので。

甲田:
転職、という点では、だんなさんは?

前田:
だんなはあまりこだわりがないみたいで。
だから、こっちに移住したときは、辞めてきたので、無職の状態で。移住してから、ハローワークに通いました。

そんなに貯金がいっぱいあったわけじゃなかったのですが、食費は下がりました。こっちは野菜が安いですよね。大阪で買うよりも、少し安いかな、という気がします。

甲田:
インフラの費用はいかがですか?
たとえば、水道代とか。

前田:
水は、うちはいまだに「さわみず」なんです。

甲田:
……えっ?

前田:
上下水がない状態なので。水道代については、かからないんです。
ただ、大雨が降ったら、「今日の水、ちょっと濁ってない?」とかがあります。
家の裏手、ちょっと上がったところに小川が流れていて。そこから、取ってくるんです。

甲田:
……大阪に暮らしていたときと、ガラリと変わったのでは?

前田:
そうですね。
移住したんだから、「ここでしかできないこと」がしたかったんです。

とくに、うちは母がそういう生活の平気な人、というか。
うちの母は、もともと南米移民の子なので、向こうでいろいろとしてきたみたいなんですよね。ボリビアってわかります? ブラジルのとなりぐらいの。

甲田:
なんとなく、ですけど。(スゴい話になってきた……!)

前田:
3歳ぐらいのころかな。ボリビアにわたって、20歳ぐらいまで、向こうで暮らしていて。
その暮らしぶりが、それこそ開墾からはじまるレベルで。いまの生活はぜんぜん、なんともないと思います(笑)。
学校に通うのも、何キロも歩いていくし、毒ヘビとか普通に出てくるし、家の屋根がヤシの葉だったり、そのヤシの葉のなかにヘビがうねうねしていたり。

動物を飼って、絞めるとか。ためらいなく、ガンガン。
ふつうだとできないじゃないですか、気持ち的に。でも、もう母は割り切れているので、パッとやっちゃう。

甲田:
(……「スゴい」以外に、言葉がない)
パワフルなお母さんですね。

前田:
子どもの頃から、「ほかのお母さんとちがうな」とは思っていましたけど。漠然と、なんかヘンな人かな、って(笑)。

【ひいては、みんなで健康なものを食べたいな、ということなんです】

前田:
私もそれなりですけど、とくにうちの母がそういう経験をしてきたこともあって、「食べもの」への危機感をずっと持っていて。
日本の食料って、いま半分以上が輸入に頼っていますよね。その結果、世界的な食糧危機が訪れたら、きっと日本は、他国よりもひどい状態になる。
そうなるまえに、自分の食べるものは自分でつくっておかないと、というのがあります。

そうなると、たぶん流通を良くするために、保存がきくようにするために、いろんな「モノ」を食べものに入れていく。その結果、医者にばっかりかかってしまう。
ひいては、みんなで健康なものを食べたいな、ということなんですけど。
ふつうに考えたら、「なに言ってんの?」ぐらいのことだと思うんですけど、私もうちの母も、そういう危機感を持っているんです。

甲田:
食べものをつくっていたら、究極的には、生きていける……。

前田:
私たちのときは大丈夫かもしれませんが、自分がいま良ければそれでいい、という話ではないので。だからのちのちのことも考えて。

家族で試行錯誤しながら、畑をしている、という感じですね。
うちの母がメインですけど、やりたいことがいっぱいあるみたいで。あんなことしたいな、こんなことしたいな、こんなことができればいいのにな、とか。自分で調べて、どんどん実行しています。

取材中、お母さんが出してくださった野草ジュース。家の周りで採取した10種類以上の野草のエキスでできています。

前田:
農業研修とかも、好きで。
出会った人たちとSNSでつながって、市販の加熱酵素ではない、非加熱の野草酵素をつくる会を家で開催したり、みんなでその新芽を摘んだり。
固定種にも取り組んでいたり。……固定種って、ご存知ですか?

甲田:
なんといいますか、自然の流れのなかで、遺伝していった種というか。長い時代の流れのなかで、味とかカタチが固定していったもの、というか。

前田:
種とりができるものです。
ふつうに売っている種って、品種をかけ合わせたりして。たとえば、キュウリだったら、生育を良くしたり、味とかカタチの見ためを良く、病気になりにくくするために、品種改良しているものがほとんどなんです。
でも、そういうのって、種とりができない、というか。
もし、とったとしても、植物って、もとの品種「原種」に戻っていこうとするんです。

甲田:
F1種ですか。

前田:
そうです。F1種は、品種改良をしたもの。ただ、1代限りなので、種をとっても、同じものができません。2代目以降をつくるのを想定していないんです。
なるべく、環境にも、自分にもいいものを目指していくなかで、無肥料・無農薬が、まあもっともいい状態だと思うんですけど、そう考えると、F1種はあまり良くなくて。

でももちろん、品種改良にもメリットがあって。
農家の人が育てやすいとか、味が良くなるとか。たとえばトマトだったら、大きくなったり、皮がうすくなったり、甘みが強くなったり。売れるようにつくるわけです。

反対に、固定種は小さかったり、酸味が強かったり。

F1種もそうなんですけど、それ以上に、これからは遺伝子組み換え作物が問題になってくるでしょうし……。

甲田:
自分たちは、なにを選ぶのか。「食」に対して、なにを求めるのか。
そういうところなのかもしれません。

前田:
かもしれません。
ちなみに、今年は、固定種をたくさん植えた、と聞いています。
トマト3~4種類、スナップエンドウみたいなやつと、えんどう豆。モロッコいんげん・トウモロコシ・オクラ、ナスもあったかな。キュウリはあったと思います。ほかにもあったような(笑)。

甲田:
(笑)、肥料とかはどうされているんですか?

前田:
肥料は入れています。農薬はしていないかな。
いちおう、酢酸をまいたりすることはあります。病気が出たりすることがもちろんあるので。ただ、農薬として売っているものはまいてないかな。

とにかく、試行錯誤です。
来たときはね、夢がいっぱいだったので。あれもできるんじゃないか、これもできるんじゃないか、って。それこそ、自然農っていう栽培方法があって、野菜を「草的な感じで育てる」っていうのかな。草をとらない栽培方法があるんですよ。

甲田:
放置ってことですか?

前田:
いや、放置しちゃうと負けるので。
草は刈るけど、刈ったものをそのうえにのせる、みたいな。肥料も入れない、農薬も振らない。ありのまま育てていく。そこにあるものは持ち出さない、ほかからはなにも入れない。
その方法がもっともいいんじゃないか、っていう結論に達して、やってみたんですけど、できなくて。労力はかかるのに、ぜんぜん収量があがらない。1つもとれないレベルで。

甲田:
……やっぱり難しいんですね。

前田:
トマトでも、ナスでも、ピーマンでも、キュウリでも、いろいろ挑戦したんですけど、もうぜんぜん。草はどんどん生えてくる、野菜は大きくならない。あきらめましたね。

【最低限、化成肥料は使わない・農薬は使わない】

甲田:
ちなみに、いまは?

前田:
いまは極力、草を生えないようにする農法っていうのかな。薬を使わずに。そういうことをやっています。なんていうか、畑の土を煮えさせる、という感じです。

甲田:
……?

前田:
ゆでるわけじゃないんですけど。
種って、冬は寒いから、畑のなかで眠っているんです。春になって、あたたかくなってきたら、発芽する。さらにもっとあたたかくなったら、今度は暑くなりすぎて、種ができるまえに枯れるわけです。
その状態をつくるんです。
畑をするまえに、透明のビニールを張って、すきまなく土をかぶせて、一切の空気の出入りを封じて。あとは、とにかく太陽に当てる。カンカン照りなら、2週間ぐらいかな。
なかが水蒸気で暑くなって、蒸されて、枯れる。だからもう草が生えてこなくなる。生えたとしてもちょっとなので、草ひきがラクになる。太陽熱養生処理、というものをやっています。

甲田:
もしかして、ほかにも?

前田:
水耕栽培をしてみたりとか。
ほかには、BLOF理論という化学のお時間みたいなのも試しています。
カンタンにいうと、野菜ってそれぞれで、必要な栄養素ってちがっていて。たとえばホウレン草をつくるなら、鉄分をいっぱい入れたほうがいいから、苦土を入れたり。
それは一般的な例ですけど、それだけじゃなくて、土の成分から調べて、「ここの土は、こんな成分だから、これを足しましょう」みたいな、有機的な農法で。

甲田:
前田さんのところも、土の成分を調べて?

前田:
いえいえいえ。
特別な機械がないと、土壌検査はできないです。だから、「だいたいこんなもんかな」みたいな。苦土とか石灰とか、ふつうの肥料も入れるんですけど、アミノ酸系の肥料を入れるとより良いらしくて。アミノ酸系の濃縮の肥料を入れてみたり。
菌を入れてみたりもしましたね。菌の効果で、土壌がやわらかくなるらしくて。やりすぎると、家屋が沈むぐらい、土がやわらかくなる、とか。

甲田:
そういう情報は、農業研修とかですか?

前田:
それもありますけど、インターネットも多いです。

甲田:
田んぼもしてみたい、という思いは?

前田:
あります。「田んぼしたいね」っていう気持ちは、移住したときからあって。
でも、水の管理というか、田んぼって水を溜められるようにしないといけないじゃないですか。うちの家のまえにある畑って、もともと田んぼだったらしいんですけど、もういまはたぶん水が溜められないと思います。
あぜをつくって、開拓しないといけなくて、そこまでの労力がかけられないので。
ただ、来てすぐのときは、陸稲したんですよ。

甲田:
陸稲、ですか?

前田:
水田にしなくて、畑に稲を植えるんです。うまくいかなかったんですけど。

甲田:
ほんとに、試行錯誤されてきたんですね。

前田:
できるなら、自然農がいいので。
でも、取捨選択って必要で。いいとこどりをして、自分の納得できるところに落ち着けばいいかな、と思っているので、そのために試行錯誤をくり返してきた感じです。
最低限、化成肥料は使わない・農薬は使わない。そこを守りつつ、あとはできることをしていけるように。毎日、つづけられないと意味がないですから、畑は。

畑は、ずっとつづくものなので。育てていくもの、というか。終わりがないんです。耕作放棄になるのが、いちばんいけないことなので。

【ひとりでできることって、限界があると思います。だから、だれかと一緒に。それがたとえば、うちは家族でした】

甲田:
ご家族について、「これから」をおたずねするのも、ヘンな話なのですが。

前田:
(笑)、うちの母が、農業体験みたいことを企画しています。
ふた家族ぐらいを呼んで、泊まりがけで、植えつけの体験とか収穫体験とか。
みんなでごはんを食べて、泊まるところは近くに、クリエイト菅谷というロッジとか、宿泊できるところがあるので。

甲田:
いいですね。おもしろいです!

前田:
私は、美甘の情報発信かな。
いまは、美甘って露出がほとんどゼロなので。
手まりとか、宿場桜とか、美甘渓谷とか。美甘産ヒメノモチとか。観光、特産の情報はもちろん、小学校の情報とか、保育園とか、各町内の行事とか、消防団のこととか。
暮らしのことも合わせて、発信していけたら、と思っています。

甲田:
そういう活動と合わせて、いま、前田さんは、美甘の香杏館(こうきょうかん)の運営に関わっていらっしゃるんですよね。

前田:
カフェの要素も兼ね備えているので、美甘の情報発信サイト、もしくはFacebookページ「micamo café」をご覧ください。

香杏館 ホームページ

甲田:
美甘地域で、移住といえば、前田さん、という認識が広がっていて。こうして、地域づくりに関わることも増えていったと思います。
いま、移住をふりかえって、いかがですか?

前田:
そうですね。
ひとりでできることって、限界があると思います。だから、だれかと一緒に。それがたとえば、うちは家族でした。移住には、協力者が必要かな、と思います。

甲田:
ほんとに、そう思います。
サイト「COCO真庭」を運営している、交流定住センターがそういう協力者を紹介したり、協力者そのものになれたら、と思っています。

前田:
あとは、来てすぐの気持ちを忘れないように、かな。
来てすぐが、いちばん気持ちがもりあがっていて。あれもしたいな、これもしたいな、そういう気持ちって、やがて薄らいでいくんです。
日常になっていく、というか。違いが見えにくくなっていく、というか。
自分の暮らしについても、地域ぜんたいの課題についても、そういう気持ちを持ちつづけていたいな、と思います。

甲田:
ありがとうございます。
最後に、いま移住を考えられている方に向けてのメッセージを教えてください。

前田:
うちみたいに、気負わずにくればいいと思います。
来たほうはずっといてほしい。その気持ちもわかるし、来るほうはひとまずお試しで、という気持ちもわかります。だから、おたがい、気負わずに。
移住は、あくまで手段なので。自分の行きたいところに行ったほうがいいと思います。

甲田:
ありがとうございます。

前田:
ありがとうございました。

こんなんで良かったんですかね。ふつうに暮らしているだけなので、私なんて、そんなそんな。

甲田:
いえいえいえ。本当に、ありがとうございました。


ふつうに暮らしているだけなので。

最後の、その言葉が、すべてを物語っているような気がしました。

気負いがなく、できる範囲のことをしている。
必要以上に、憧れに背のびをすることなく、および腰な情報にふりまわされることもない。ていねいな暮らしとは、地に足がついていること。

前田さんご家族は、みどりのふかい里山「美甘」で、家族らしいガヤガヤとともに、ていねいな暮らしを送っている。そこに、移住のリアルがありました。

聞き手:甲田智之
写真:石原佑美