フットワークの軽い青年が、拠点を真庭に決めたのは、「真庭のひとたち」がいたから。
真庭びと10 岩本将弘さん
真庭市の勝山町並み保存地区にあるスポーツジム「Fit Body Design」。
空き家を改修して生まれ変わったその空間は、美しいグリーンの人工芝が敷かれ、最新のトレーニング機器が揃っています。
オーナーは、岩本将弘(いわもと まさひろ)さん。
岡山県倉敷市の出身。元東京消防庁。真庭市の地域おこし協力隊になり、任期を満了した後、単身オーストラリアへ。その後さまざまな選択肢がある中、それでも真庭へ戻ってスポーツジムを開業。
フットワークの軽い岩本さんが真庭を拠点に決めたのはなぜなのか。そこには「真庭のひと」の存在がありました。
東京でのライフスタイルを変えるため、岡山に帰ろうと。
甲田:
地域おこし協力隊として、真庭に来たきっかけからお願いします。
岩本:
もともと真庭のまえは、東京消防庁で働いていました。
岡山県倉敷の出身で、就職を機に単身で東京に出ていたんです。でも満員電車での通勤、どこに行ってもひとごみで、東京でのライフスタイルが自分に合いませんでした。だからライフスタイルを変えるため、岡山に帰ろうと。
甲田:
そのときは、地域おこし協力隊を視野に?
岩本:
いえ、制度自体も知らなかったです。
でも求人サイトを見ているなかで、その存在を知って。実家に戻ってから、一般企業への就職か、地域おこし協力隊で迷っていました。最終的には、「どんな形でも、ゆくゆくは起業したい」という思いから地域おこし協力隊を選びました。
甲田:
真庭市は?
岩本:
いくつかの自治体さんに問い合わせてみたんですけど、そのなかで真庭市がいちばん電話の応対が良かったんです。早かったというか。姜(かん)さんという先輩隊員の存在も大きかったですね。話を聞いていて、面白くて。
甲田:
姜侖秀(かん ゆんす)さん脚注1)は、真庭を代表する地域おこし協力隊のひとりですよね。
真庭へ移住するうえで、住むところはどういうふうに?
岩本:
ふつうにネットで検索しました(笑)。
甲田:
(笑)アパートに関して言えば、一般の不動産サイトで「真庭市_アパート」で検索してもらったら、いろいろ出てきますよね。
人と人の繋がっていくスピードが速くて、自分のアイデアを見失っていました。
甲田:
地域おこし協力隊の活動はいかがでしたか?
岩本:
真庭市湯原にある二川(ふたかわ)という地域に力を入れていました。
関われたことがすごく大きくて。自分が牽引してなにかをしたわけではないですけど、地域の方と一緒に、「みんなでやっていこう」と腰をあげるスタートアップができたかなと思います。
地域外の方にも二川へ来てもらう「魚のつかみどりイベント」や、地域資源の「土居分小菜(どいぶんごな)」を使ったケーキをつくるお母さんのチーム「どいぶんのこころ」立てとか。「いつも」にちょっと違うエッセンスを加える、そういう存在でいられたのかな、と思います。悩みながらではありましたけど。
甲田:
土居分小菜は、ダムに沈んでしまった土居分という地域の特産品ですよね。小松菜に似ていて、漬け菜っていうんですかね。それをパウンドケーキに使っていておいしかったです。
岩本:
あと、活動といいますか、「湯原温泉トライアスロン大会」にも出場しました。
甲田:
あった! ありましたね。「順位は何位でもいいから、参加することに意味があるから」という前評判をくつがえして、なんとショートプログラム3位!
岩本:
表彰台に上がらせてもらいました(笑)。
協力隊1年目だったんですけど、おかげで一気に顔と名前を覚えてもらいました。
甲田:
活動期間中に、卒業後のことは? 真庭に留まるのかどうか、悩みはありましたか?
岩本:
最後の最後まで、揺れていました。協力隊の卒業後、就職というのはまったく考えてなくて。真庭に協力隊として来た時点で、その選択をなくしてきていたので。絶対、起業でしたね。
甲田:
それは、なんでまた?
岩本:
おもしろいことがしたい、というのがまずはあって。自分のアイデアで勝負できる起業に魅力を感じていました。あとは、真庭のまわりの人たちの存在も大きかったです。
一般社団法人とかNPO法人とか、株式会社、合同会社、個人事業主も含めて、立ち上げからされている人たちがまわりに多くて、身近に感じていたというのもあったと思います。
甲田:
その時点で、スポーツジムのことは?
岩本:
まだなかったです。
じつは、真庭のいいところなんですけど、人と人の繋がっていくスピードが速くて、いろんな人を紹介してもらったり、いろいろ頼まれごとがあったり。そのあまりに速すぎるスピード感の中で、「自分のアイデア」を見失っていたことがあったと思います。
自分の源流を辿るなかで、はっきりと「スポーツジムで起業しよう」と思いました。
甲田:
そして3年間の協力隊任期を満了。卒業後に、オーストラリアへ。
岩本:
はい。
甲田:
(一見すれば、脈絡がないように思えるオーストラリア。でも、岩本さんの中で言語化の難しい「勘」みたいなものが働いたのかもしれない。それはだれにも真似できない岩本さん特有の「フットワークの軽さ」の一因にもつながっているんじゃないか)
岩本:
ほんとうに、ポンッとオーストラリアのゴールドコーストに来てしまったので。住むところも決まっていない、仕事も決まっていない。語学もそんなにできるわけじゃない。単身でエージェントを入れているわけでもない。手もとのお金だけがどんどん減っていく(笑)。
甲田:
いや、ほんとにとんでもないフットワーク!
岩本:
でも、なんとかなるんですよね(笑)。
真庭に通じているところでもあるんですけど、だれかに相談すれば、なんとかなるんです。真庭のコミュニティ感に似ている、と何度も思いました。まもなく家も、仕事も、ぶじに見つかって。
甲田:
ほんとになんとかなるもんですね(笑)。
ちなみに、オーストラリアではなにを?
岩本:
やろうと思っていたことはあったんですけど、結果的にオーストラリアでは自分の源流を辿ったのかなと思います。自分の源流を辿るなかで、はっきりと「スポーツジムで起業しよう」と思いました。
甲田:
岩本さんの源流というのは?
岩本:
長距離の陸上選手だった、ということです。
でも高校大学と怪我が多かったんです。だからメニューも、いつも自分で組んだ別メニューを行なっていました。素晴らしい陸上選手はたくさんいるんですけど、この「自分でメニューをつくる」ことができるのは、なかなかいないみたいで。
また、大学でも体育学部体育学科、陸上を専攻して、いろんな角度からの「スポーツバイオメカニクス」を学ばせてもらったのも大きかったです。
真庭のサイズ感がちょうど良くて、だれかに話せばだいたい解決策が見つかるんです。
甲田:
「スポーツジムで起業しよう」と決めて、真庭市へ戻ってきたわけですね。
岩本:
それもあるんですけど、日本での貯金が……。保険とかいろいろ目減りする一方で、調べてみたら、残り5万円ぐらいしかなくて。慌てて、日本に帰ってきた感じです(笑)。先立つものがないので、とにかく「仕事を」と思って、知り合いに連絡したら、真庭の人たちが「仕事あるよ」と反応してくれたんです。
11月にオーストラリアから戻ってきて、真庭でお手伝いのような仕事をしながら、1月にパーソナルトレーナーとして開業届を出しました。その後も、地域の人たちから声をかけてもらって草刈りとか宿泊業務のお手伝いをして。8月から、ジムに専念しました。
甲田:
ジムの物件はどういう風に?
岩本:
物件についても、真庭の知り合いに連絡していたら、「物件あるよ」と紹介してもらって。改修は必要だったんですけど、その時点ですでにマーケティングというか、需要の調査もできていたので、お願いしました。
需要の調査は、トレーニングジムの入っている「白梅総合体育館」と「真庭市健康増進施設 水夢」の年間利用者数を尋ねたんです。企業だったら数字って絶対に出ないんですけど、行政の関わっている施設なので知ることができて。その利用者数からニーズが見えてきました。
甲田:
資金は、銀行からの借入と聞いたんですけど、借入に対するハードルみたいなものは感じませんでしたか?
岩本:
なかったですね。もうやると決めていたので。むしろ、しっかりと借りることができれば、と思っていました。もちろん負担のない範囲で(笑)。経費計算とか、経営のこととか、そういうのは、沼本吉生さん脚注2)に相談しました。
ほんと、真庭って身近に経営者とか起業家がいて、すぐに相談できるんですよね。協力隊のときの繋がりが生きています。真庭の良さだと思うんですけど、真庭のサイズ感がちょうど良くて、だれかに話せばだいたい解決策が見つかるんです。
甲田:
実際に起業して、生活は変わりましたか?
岩本:
変わりましたね。楽しいです。性に合ってるというか。自分のペース、裁量でものごとを決めたり、進めたりすることができるので。
甲田:
このスポーツジムの特長を教えてください。
岩本:
いろいろあるのですが、ひとつは体幹を使う器具が揃っていることです。外側の筋肉だけではなく、ふだんの生活の中で使える筋肉、体幹に重きを置いています。
あとは、この空間も特長だと思っています。ここって肩書きが必要ないんです。仕事のこととか家のこととか、そういう枠になくて。自分の時間を保てる、無心になれるサードプレイスなんですよね。
甲田:
自分と向き合う時間が、ここにはあると思います。ここから望む山なみ、旭川の美しさもひと役買っていますよね。今日はありがとうございました。
岩本:
こちらこそ、ありがとうございました。
岩本さんはスポーツジム運営の他にも、パーソナルトレーナーとしても活動しています。
スポーツジムはいつでも見学を受け付けているらしく、事前連絡さえすれば、トレーニング空間、機器などを見ることができます。
取材後、トレーニング機器のいくつかを試させてもらいました。
地方ならではのクルマ社会に慣れたこうだの身体は悲鳴をあげ、身体を使う必要性を一瞬のうちに感じました。
1)姜侖秀さんのコラムをCOCO真庭で掲載中
2)沼本吉生さんの真庭びと記事はこちら
聞き手:甲田智之
写真:石原佑美(@0guzon_y)