岡山県真庭市
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「絵を描くこと」から見るUターン。1人の女性が絵の道を志して、真庭で暮らすまで。

真庭びと016 山根 望さん

2022年08月07日 by 甲田智之

自分らしい暮らしって、いったいなんだろう。

そんなことを考えたとき。
いつも「自分にとって手放しちゃいけないもの」を思う。

自分が、とても大切にしているもの、を思う。

それはほんとうに、ひとりひとり違っていて。
今回、取材させていただいた山根 望(やまね のぞみ)さんにとって、それは「絵を描くこと」。

画塾がいくつもあって、画材屋もそろっている都会とは違うかもしれない。
でも、真庭で叶えた「暮らし」と「絵を描くこと」の両立。

自分らしい暮らしを、真庭で叶えていく。
そのヒントがたくさんあるなあ。
そう思いながら、お話を聞かせていただきました。

山根さんが育った久世の商店街にて

ずっと絵を習いたいとは思っていたんですけど、画塾がなくて

甲田:
山根さん、真庭のご出身ですよね?

山根:
そうです。久世(くせ)の商店街にあった料理屋です。三姉妹に弟がひとりいて、わたしはまんなかの次女でした。

甲田:
絵を描くのは、子どものころから?

山根:
描くの好きでした。うまく描けたのを友だちに見せて、「うまいね」って言われたらうれしくて。「描いて、描いて」って言われたらさらにうれしくて。
商店街のなかに住む友だちの家に集まって、ずっと絵を描いていました。

甲田:
ぼくもよく友だちに「悟空、描いて!」とか「フリーザ描いて!」と言ってました。ブロリーがうれしかったな(笑)。

当時のお絵描き遊びを思い出しながら。

甲田:
……では、中学、高校ともに美術部だったんですか?

山根:
いえ、中学に美術部はあったんですけど、運動したほうがいいかなと思って卓球部でした(笑)。絵はあくまで趣味でしたね。
高校でもはじめから美術部に入ろうとは考えていなかったです。

甲田:
美術をしようとは?

山根:
そこまで思ってなかったんです。中学の同級生でも、美術の道に進もうという友だちがいなかったので。
だから高校でも、まあ美術部となにかの兼部かなと。それが大きく変わったのは、美術の水嶋早樹先生と出会ってです。

甲田:
どんな先生だったんですか?

山根:
いちばんはじめの「美術」の授業から「まずは絵を描く基礎を固めましょう」というビシッとした先生で。かなり専門性の高い授業だったと思います。
まわりの生徒からは「レベルが高すぎる!」という声が多かったみたいですけど、わたしにとってはそれが良くて。「こういうのがやりたかった!」と叫びたくなる授業でした。

甲田:
まさに出会いだったんですね!

スケッチブックに思い思いにお絵描きしながら話がはずみます。

山根:
これまでは好きで描くばかりで、基礎とかなかったんですけど、水嶋先生と出会ったことで大きく変わりました。
また、「一度は描いてみたい」って石膏像のデッサンにずっと憧れていたんです。でもそういう機会が小学校、中学校とずっとなくて……。

甲田:
絵を習うというのは?

山根:
わたしの住んでいた久世界隈には当時、画塾がなかったです。ずっと絵を習いたいとは思っていたんですけど、画塾がないうえに、だれに聞いていいのかもわからなくて。

甲田:
「絵を描きたい!」と思ったときに、地方ではそういう悩みを持つ方がけっこう多いように思います。

山根:
だと思います。だから、水嶋先生の授業を受けて、あらためてちゃんと絵を描くことを教えてくれる「美術部に入ろう」と思いました。この先生のもとで学びたいと思ったんです。
イーゼルにでっかい紙を立てて、基礎を学びながら思いっきり絵を描いて。本当に楽しかったです!

「え、芸術? だいじょうぶなの、就職」

甲田:
山根さんが「美術の道に進もう」と思ったきっかけは?

山根:
高校1年生の秋ぐらいにはもう思っていた気がします。美術部に入ったら、土曜日には近くにあるべつの高校の美術部にもお邪魔できて。どちらも水嶋先生が顧問だったので。
そんな環境のなかで、先輩たちの話を聞いていたら、少しずつ「美術の道に進みたいな」という気持ちが大きくなっていきました。

甲田:
そういう話は、よく出ていたんですか?

山根:
出てましたね。みんな「大学に行って、画家になって東京へ行く」という話をしていました。
成功するのはひと握りってわかってて、親にも迷惑かけるけど、まわりの影響もあって、わたしもその道しかないかなって。

甲田:
先生やご両親の反応は?

山根:
担任の先生には、水嶋先生の言うことをそのまま言ってました。美術大学に行けば、「美術」の教員資格がとれるから、とか(笑)。

甲田:
(笑)ご両親は?

山根:
両親は応援してくれました。
美術大学を受験しようと思ったら、道具を買ったり岡山県南(車で1時間半ぐらい)の画塾に通ったりしなくちゃいけないので、親の協力が必要で。ほんとに恵まれていたと思います。

甲田:
ぼくも芸術系の大学(甲田自身は人文学部)だったので、あえて言っちゃうんですけど、芸術系の大学ってやっぱり気になるのは就職先とかだと思うんです。そのあたりのことは?

山根:
(笑)親たちも心のうちでは「え、芸術? だいじょうぶなの、就職」と思っていたんじゃないでしょうか。水嶋先生もそのことで、生徒さんの親と話し合いを重ねたと聞いています。

甲田:
ちなみに、山根さんご自身は?

山根:
不安でした(笑)。まわりが一般企業への就職を考えて進学しているなか、漠然とした暗やみのほうに進んでいる自覚はあって。
ただ絵がうまいと言われてるだけでこの道に進んでいいのだろうか。この道に進んだ結果、定職につけなくて借金して、ひとりでのたれ死ぬのかな、とかかなり本気で考えていました。

甲田:
極端にネガティブのほうへ!(笑)。それでも、美術の道に進もうと?

山根:
そうですね。ほんとにわたしには絵の道しかなかったので。
泥舟にのって沈んでいくのを感じながら、でした(笑)。

甲田:
メンタルが危ないレベル! ……そして美術大学へ?

山根さんの過去の作品の一部分。緻密で立体的な筆のタッチ。

山根:
はい、当時の尾道大学芸術学部です。いまは尾道市立大学ですかね。
京都の芸術大学にも受かったんですけど、全国から芸術の猛者たちが集まるところはちょっと気が引けてしまって。競争っていうのがほんとに苦手なんです。

競争が苦手で、失敗も怖い性格なので……。京都に行ったら、まわりの雰囲気に負けてすぐに引きこもっちゃうんじゃないかって思って、尾道に行きました。
そう! そうです。競争とか失敗とか、そういうものから逃げていました。これは言っておこうと思って(笑)。競争とか失敗から逃げて、いまがあるというか。

芸術と関わるなら、ごみとの問題とも関わっていかないといけない

山根:
大学生になってからも、その傾向がありました。
ギャラリー展示とかグループ展を積極的にしなさい、と言われてたんですけど、いろいろ理由をつけてやめちゃったり。……今日もなにもしなかったな、みたいなこともあって。

甲田:
(……芸術学部じゃなかったけど、ぼくもそういう学生だったな)
でも、学生時代は楽しく?

山根:
そうですね。ターニングポイントになったのは、尾道の人たちと関わりができてからです。
地域の空き家再生プロジェクトに携わって、不要なものを物々交換する文化とかを見て。使わなくなったものを生かす、という考えが芽生えました。

考えてみたら、わたしたちは「使っては捨てる」という世界に生きてるなって。最終的に、絵を描くってごみを生んでいるのかもしれない、とも思うようになりました。

甲田:
芸術と関わるなら、ごみとの問題とも関わっていかないといけない?

山根:
そう思いました。選ばれたものだけスポットライトを浴びて、選ばれなかったものはどう処理したらいいんだろうって。大学生の後半ではそういう価値観が芽生えました。

キャンバスの中の箱庭。

「県北でも画塾に通える」という選択肢が生まれて

甲田:
大学卒業後は?

山根:
バイトをしていたところに就職しました。尾道にある和食割烹のお店で。料理の道にいこうと思って。

かつてご実家の料理店があった場所の近くを案内してもらいました。

甲田:
あれ? 絵は?

山根:
絵の道はあきらめたんです。
和食割烹のお店で働いて、ゆくゆくは実家の料理店を手伝えたらな、と。絵の道はあきらめてしまったけど、「やっと親に恩返しができる」という安堵がありました。

……ただ、働きはじめてすぐ身体を壊して。それを機に真庭へ。

甲田:
そうなんですね。ちなみに、いつかは真庭に帰ろうと?

山根:
そういう風にはずっと思っていました。同級生もけっこう真庭で就職していたので、帰っても住みやすいだろうなと思って。
俯瞰して見ても、いいところです。災害も少ないので、大阪とか東京に行くという考えはまったくなかったです。安心できる真庭に帰りたかったんですよね。

友達と駆け回って遊んでいた思い出の場所。

甲田:
真庭に戻られてからは?

山根:
水嶋先生が心配して声をかけてくださって。
ちょうどその頃、水嶋先生が津山市(真庭市の隣市)に画塾を開いたから、「アルバイトに来る?」と誘ってくださったんです。

甲田:
県北に画塾! 山根さんが高校生のときにはなかった画塾がついにできたんですね!

山根:
はい!
「絵がもっとうまくなりたい」「美術系の大学に進学したい」そう思っていても、どうすればいいのかわからない、そもそも画塾がない、という状態だったんですけど、「県北でも画塾に通える」という選択肢が生まれて。そのお手伝いをさせていただきました。

甲田:
また、絵の道に戻ってこられたんですね!

山根:
でもその後、子どもたちと関わる画塾のアルバイトをしていたら、たまたま「学習支援員」という仕事がある、と教えてもらって。登録したら、声がかかって。

※学習支援員とは、障がいなどによって授業についていけなかったりする児童や生徒への個別の支援、そのほか生活の介助をしたりする方のこと。

甲田:
それは美術とは?

山根:
美術とは関係なかったですね。
ただ、子どもたちへの支援を通じて、「美術」の授業を見たり聞いたりしていたので、「わたしだったらこういう授業がしたいな」という気持ちが少しずつ芽生えてきて。

そんな話をしていたら、たまたま中学校の「美術」の教員(非常勤)に空きが出て、させていただくことになりました。
水嶋先生の言っていたとおり、「教員資格」の取れる大学に通っていてよかったです。

真庭とアートの相性。「アートグループmo」の存在

甲田:
途中、料理人を志した時期はあっても、ずっと「絵を描くこと」を手放さなかったから、いまの山根さんがあると思うんです。

山根:
そう考えると、「アートグループmo(も)」というチームが大きい存在かなと。

週末を中心にオープンしている「ギャラリー葵」。アートグループmoの拠点です。

甲田:
真庭のアート集団といえば、「アートグループmo」さんですよね。

アートグループmo 公式ホームページ
YAMABICO Clip No.015 アートグループmo

山根:
「アートグループmo」という名前は、発起人であり、長年真庭市で美術教師をされていた水嶋先生と、ギャラリー葵のオーナー大本先生のイニシャル「m・o」、それから真庭市とそのなかの落合地域「m・o」からとって。

もともと大本先生が、落合にある自宅倉庫を改修されて、ギャラリーにしたそうです。そのギャラリー葵をもっと活用するために、「落合を拠点としたアート活動をしよう」と水嶋先生の教え子たちをはじめとした若手アーティストたちに声がかかって。
わたしは先輩のアーティスト「ふくしまえみ」さんから声をかけてもらいました。

甲田:
そうなんですね! 活動としては?

山根:
最初は、定期的に展覧会をするのがメインでした。
でも、それから1年経って、少しずつイベント参加が多くなっていったと思います。子ども向けのワークショップをしたり。

はじめからそうしようというわけではなかったのですが、真庭はイベントが多くて、「アート」とイベントの相性の良さに気づいていったというか。

甲田:
ぼくも「アートグループmo」さんとの接点は、圧倒的にイベントが多いです。

アートグループmoは子ども向けアート教室「OKアートクラブ」も運営しています。

山根:
アートって絵を描くだけじゃないんだ、ということを教えてもらいました。「絵を描く」という幅が広がったというか。
絵を描いて売る、だけじゃなくて、イラストもデザインもワークショップもぜんぶ「アート」で。そう考えたら、イベントがたくさんある真庭と「アート」の相性って本当にいいんです。

盆踊り大会でブースを出して、似顔絵を描いたこともあります(笑)。

甲田:
仲間と一緒に、ということも大きいように感じます。

山根:
そうですね。絵を描いている人が近くにいる、というのは大きいです。描くきっかけももらえますし、刺激もあります。

自分なりのペースでバランスをとる。それができるのは真庭だから

甲田:
では、いまは中学校で「美術」の非常勤講師をしながら、アーティスト活動もして。そのふたつを両立させているわけですね。

山根:
はい。ただ、非常勤だからできていることだと思います。たぶん正職員で担任とか持っていたら、忙しくて描けないんじゃないかな。
まわりの方から「非常勤でだいじょうぶ?」って声をかけてもらうんですけど、非常勤じゃないと絵が描けなくなるな、と思うばかりで(笑)。

甲田:
自分なりのバランスをとっている?

山根:
わたしはゆっくりなので。競争とか失敗から逃げながら、自分なりのペースでバランスをとっていると思います。ただ、それができるのは真庭だからだろうな、とも思います。

甲田:
真庭では、極端な競争を強いられない?

山根:
そういう風に思います。わたしがいまも絵を描き続けられているのは、その真庭の風土と「アートグループMO」の仲間たちがいるからです。

甲田:
それを聞くと、なんだか山根さんが子どもだったころの、「商店街のなかに住む友だちの家に集まって、ずっと絵を描いていた」その感じがいまも、ここ真庭にあるような気がします。

山根:
(笑)かもしれません。
そういう真庭の風土があるから、中学生に向けては「思うままに自分を表現してほしい」と授業で伝えています。

どうしても正解を探す子が多いんですけど、絵を描くってもっと自由で、失敗とかなくて。そういうことを伝えられたら、と思っています。

甲田:
今日はありがとうございました!

山根:
こちらこそありがとうございました。

 


取材の後、山根さんの作品を見せていただきました。

真庭の木材に描く、星座をモチーフにしたいきいきとした動物たち。
語彙力を失ったぼくは「すごいな、すごいな」と言いながら、こんなにもアートに触れる機会のある日常に、むふふとなっていました。

山根さんの作品をお借りしてアーティスト気分。

 

聞き手:甲田智之
写真:石原佑美(@0guzon_y


甲田智之

真庭市在住。株式会社はこらぼ前代表取締役。文章を書いて、つらつらと暮らしている。2児のパパ。Twitterアカウント→@kohda_products

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